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活動報告

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平成22年度の活動

活動報告/平成23年3月

「尖閣を守れ!」街頭活動@
▲「尖閣を守れ!」街頭活動@
「尖閣を守れ!」街頭活動A
▲「尖閣を守れ!」街頭活動A
稲田朋美衆議院議員の講演
▲稲田朋美衆議院議員の講演
稲田朋美衆議院議員と椿神社会館参集殿で
▲稲田朋美衆議院議員と椿神社会館参集殿で
片男波親方の三津浜小学校訪問
▲片男波親方の三津浜小学校訪問
青年海外協力隊中村知事表敬
▲青年海外協力隊中村知事表敬
野志市長表敬訪問
▲野志市長表敬訪問
道後湯祈祷での神楽
▲道後湯祈祷での神楽
小富士保育園訪問
▲小富士保育園訪問

2日は、午前10時に地域主権検討特別委員会ワーキンググループ(WG)第2回リーダー会に出席。詳細は、委員会報告で述べる。
3日は、午前9時15分から月に一度の松山維新の会定例会を行い、勉強会、街頭活動や意見交換会等の日程など3月の活動計画と来年度の活動計画を確認した。午前10時からは、3月議会の代表質問が行われた。
4日も午前10時から代表質問が行われ、議会終了後に地域主権検討特別委員会を開催。
7日、8日は、午前10時から一般質問が行われた。
9日も10時から一般質問が行われ、議会終了後には、地域主権検討特別委員会とワーキンググループ(WG)第3回リーダー会が開催された。詳細は、議会報告及び委員会報告で述べる。
委員会とWGリーダー会の合間に松山維新の会の会議を開き8日に行われた各派代表者会議の協議事項について審議した。
協議内容は、

  1. 人事案件について(2件)

 @監査委員の選任に関し同意を求めることについて
A人権擁護委員候補者の推薦について

  1. 意見書案について(1件)
  2. 松山市議会ホームページへの海外視察報告書の掲載について
  3. その他

@政務調査費の収支報告書の提出について
Aハイビジョンカメラ設置の遅延について
人事案件については、理事者提出の案を了承することとした。
意見書案では、競輪事業に関しJKA交付金制度の改善を緊急に求める意見書(案)が了承された。
松山市議会ホームページへの海外視察報告書の掲載についても了承することとした。
政務調査費の収支報告書の提出についてとハイビジョンカメラ設置の遅延についても了承された。
また、松山市発注の下水道工事に対する疑惑について下水道部長を委員長とした調査委員会が設置されることから議会内にも調査特別委員会を設置することを了解した。
10日は、昼間に内外ニュース3月懇談会に出席。元国税庁長官・TKC全国会会長 大武健一郎氏が「日本経済を救う税金の話」と題し講演を行った。夜は先月行われた建国記念の日奉祝愛媛県中央大会の反省会に出席。
11日は、午前10時から産業経済委員会に出席。詳細は、委員会報告で述べる。委員会開催中、東北地方太平洋大地震が発生し、戦後最大の国難とも言うべき状況となってしまった。リアルタイムの津波の状況に只々驚愕した。尊い命を落とされた方々に心からお悔やみ申し上げますとともに被災された方々にお見舞い申し上げます。
12日、地震から1日が経過し被害状況が詳細に報道され本当に胸が締め付けられる。政府に迅速な対応を望む。この日は、午後から尖閣を守るための署名活動を市駅前で行う。
14日は、椿神社崇敬者大祭に出席のため神社に参拝。自民党の稲田朋美衆議院議員の講演会が行われた。地震の影響で直会は、中止となった。
15日は、三津浜地区まちづくり協議会のメンバーと市民部を訪問し、まちづくり計画案を提出。
16日は、片男波親方(元関脇玉春日)を松山空港へ迎えに行き、三津浜小学校を訪問。飛行機が遅れたため小学校滞在が短くなったが相撲の指導も行われた。地震の影響で派手な演出等もなく、親方からは、児童に対し地震災害についての質問もなされた。
17日は、午前10時から三津浜中学校の卒業式が行われ、野志市長にご出席いただいた。いつも通りの厳粛な卒業式であったが、被災地は、多くの生徒がなくなっており卒業式を実施できない地域もあるだろう。本当にお気の毒である。本当に頑張っていただきたい。
午後は、中村知事になって初めての青年海外協力隊平成22年度4次隊隊員2名の知事表敬に同行。
こんな時期ではあるが、アフリカのタンザニアとインドネシアに出発する隊員の壮行会も行われた。2年間、健康に留意して頑張ってきてもらいたい。
18日は、9時30分から議会運営委員会が定刻の30分遅れで本会議がそれぞれ開催された。詳細は、委員会報告及び議会報告の頁で述べる。
19日は、道後温泉本館の玉の石前において湯祈祷の神事が行われた。しかし、道後温泉まつりのイベント等は、すべて中止ということであった。被災地に配慮してということであろうと思うが、松山春まつりや三津の朝市拡大イベントも中止と自粛が相次いでいるが、せめて西日本地域が東日本の復興の牽引役となるべきだろうと考える。
21日は、松山維新の会で震災の義援金の募金活動を実施。1日も早い復興を願う。
24日は、三津浜小学校の卒業式に出席。元気であることを感謝し、思いやりのある優しい人間として成長してもらいたい。
25日は、松山維新の会が松山・上浮穴選挙区の県議会議員立候補予定者へ行ったアンケート調査のマスコミ発表を行った。
26日は、午前中に愛媛県卓球協会の理事会及び総会が開催され23年度事業等が承認された。
午後には、松山市議会として坊ちゃん広場において震災の義援金の募金活動を実施。今後も実施する予定である。夜には、四国中央市の県議会議員立候補予定者の決起大会の応援に向かった。頑張ってもらいたい。

28日、小富士保育園の卒園式に出席。20名が卒園し、4月から6つの小学校へそれぞれ通うそうである。元気に成長してもらいたい。



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活動報告/平成23年2月

北方領土返還要求署名活動
▲北方領土返還要求署名活動
子ども餅つき大会@
▲子ども餅つき大会@
子ども餅つき大会A
▲子ども餅つき大会A
子ども餅つき大会B
▲子ども餅つき大会B
中学生達による餅まき
▲中学生達による餅まき
道後温泉本館
▲道後温泉本館
道後温泉本館横の人力車
▲道後温泉本館横の人力車
道後駅前の方生園のからくり時計
▲道後駅前の放生園のからくり時計
道後駅前の坊っちゃん列車
▲道後駅前の坊っちゃん列車
東国原前宮崎県知事講演
▲東国原前宮崎県知事講演
東国原前宮崎県知事と
▲東国原前宮崎県知事と
三遊亭小遊三師匠と
▲三遊亭小遊三師匠と
松山維新の会 中村知事訪問
▲松山維新の会 中村知事訪問
野志市長と塩見真希選手
▲野志市長と塩見真希選手
元世界チャンピオン小野選手
▲元世界チャンピオン小野選手

1日は、午前10時から松山市青少年センターにおいて松山市議会観光振興議員連盟主催による外国人観光客誘致学習会が開催され、ワークショップ(共同学習)と食事会兼報告会に参加した。本市在住の外国人10名から松山市の観光についてさまざまな観点から意見を聞いた。我々4班では、ドイツ国籍のグレブさんと韓国人の張(チャン)さんからローマ字表記の少なさや観光案内所がわかりずらいなどの指摘や観光アイテムとしてサイクリングやみかん農家での収穫作業などの体験型観光を積極的にPRするべきとの意見が述べられた。外国人からの鋭い指摘は、非常に参考となった。ただいつものことだが、こういった意見を聞くだけでなく、具現化しなければならないと強く感じる。
夜は、愛媛起業家交流研究会(旧愛媛異業種交流会)で松山市子規記念博物館竹田美喜館長による「真之と子規の青春時代」と題する講演を聞いた。明治23年和歌山県串本町沖で沈没したオスマン帝国のエルトゥールル号の生存者に関する秋山真之の係わりと子規に宛てた2通のはがきについて興味深い話であった。
2日は、建国記念の日奉祝愛媛県中央大会の打ち合わせを行い、当日の役割分担やおおよその集客数等について最終の詰めを行った。
4日は、午前中に第3回広域的課題・市民参加型調査研究ワーキンググループが開催された。また午後から松山子ども市議会が開催された。それぞれ委員会報告と議会報告で詳細に述べる。その合間を縫ってまつちかタウンで開催された北方領土返還要求署名活動を激励に行って署名をしてきた。尖閣諸島、竹島、北方領土問題等、日本の周辺諸国は、虎視眈々と領土を狙い着々と手を打ってきているが、民主党の外交、防衛、安全保障等には期待が持てず、日本国力がますます弱体化していることを危惧している。
6日は、三津浜公民館主催の子ども餅つき大会が開催された。地元、三津浜小学校の生徒が公民館関係者に教わりながら餅つき、昔の遊びの竹馬、コマ回し、羽子板等を楽しんだり、ぜんざいをご馳走になったりした。餅がつき終わった後は、スタッフとして手伝いに来ていた三津浜中学生や愛媛マンダリンパイレーツの応援キャラクター(マッピー)による餅まきが、にぎやかに行われ小学生児童が楽しそうに餅拾いを行った。
9日は、10時から産業経済委員会が開催された。詳細は、委員会報告で述べる。
10日は、午後1時から市長以下の担当幹部と松山維新の会の3月議会の予算折衝が行われ担当部から新年度予算と3月補正予算について説明を受けた。内容は、議会報告で述べる。
その後、知人と一緒に野志市長を訪問し、意見交換を行った。
夜は、道後で行われた知り合いの会社の創立10周年・えひめTTC7周年記念祝賀会に出席した。道後の観光施設等も写真に収めた。祝賀会前には、東国原前宮崎県知事が知事在職中のエピソード等をユーモアを交え講演、その後は、パーティーに移りえひめTTCの選手による卓球の模範試合も行われ元卓球選手であったゲストの三遊亭小遊三さんも試合を行い大いに盛り上がった。
11日は、午前中に愛媛県護國神社の建国記念日祭に参列し、午後からは、建国記念の日奉祝愛媛県中央大会に参加した。高崎大学教授・日本教育再生機構の八木秀次氏の講演や今年行われる新学習指導要領に即した中学校教科書採択の決議文を採択し閉会した。
終了後は、愛媛県青年海外協力協会(EOCA)とボランティア家族との連絡会及び新年会に出席した。何といっても協力隊が私の原点である。
12日の日本の歴史に学ぶ会講演会は、第4回『龍馬を語る会』との同時開催ということで全国龍馬社中の橋本邦健会長を高知からお招きし「龍馬雑感」という演題でご講演いただいた。龍馬記念館やNHK大河ドラマ「龍馬伝」、高知龍馬空港についてのエピソードについてその苦労話を聞いた。また、龍馬の精神は「自忘他利」であると話された。自分のことは忘れ他の人々に利益をもたらすということであり現代人が失ってしまった気持ちであろう。もっと龍馬を知ることで龍馬の精神を多くの人に伝えたいとのことであった。本当に政治家も肝に銘じるべきである。
13日は、愛媛県卓球協会常任理事会に出席。来年度役員と予算、事業案等が承認された。
15日は、10時から第4回広域的課題・市民参加型調査研究ワーキンググループが開催された。詳細は、委員会報告で述べる。
16日は、10時から議会運営員会に出席。詳細は、委員会報告で述べる。10時30分から12時までは、保護観察所で松山保護司会防犯予防活動部会の会合に出席した。今年度の第60回社会を明るくする運動啓発パレードの反省や次年度の第61回の啓発パレードについて審議がなされた。
19日は、第5回農林水産まつりのオープニングセレモニーに出席し、式典終了後、会場内を視察し、知り合いの出店で試食や買い物をした。大変なにぎわいであった。
20日は、10時から恒例の松山消防出初式が堀之内の城山公園で開催され、各地区の消防団等が入場行進したり、消防隊員の訓練や消防団による梯子演技が披露された。
22日は、午後3時に松山維新の会の12名(1名欠席)で県庁に中村知事を訪ね、約1時間にわたって政局や県、松山市の抱える諸課題、推進する政策等について意見交換を行った。終了後、道後温泉本館の東屋で17時から開催の「坊っちゃんカップ・第4回道後温泉卓球大会前夜祭」に参加。勇壮な和太鼓によるオープニング演奏の後、野志市長歓迎挨拶や市長VS塩見真希ちゃん(平成22年全日本カブの部 準優勝)による始球式、元世界チャンピオンの小野誠司選手VS村上力プロ(ラージボール)のエキシビションマッチ等が行われ華やかな前夜祭となった。23日と24日に北は、群馬や新潟から南は九州の大分や長崎まで約320名の選手が松山市総合コミュニティーセンターでラージボールの熱戦を繰り広げる。
前夜祭終了前には、三津に戻り19時からの中村県知事並びに野志松山市長を囲んでの懇親会に出席。松山市水産市場関係者等と意見交換を行った。
23日は、9時30分から議会運営委員会、10時に3月議会が開会した。詳細は、委員会報告及び議会報告のページで述べる。
議会終了後午後1時より今期の松山市土地開発公社監事を務めている事から平成23年第1回松山市土地開発公社理事会が開催され出席した。理事長、副理事長、常務理事に慣例どおり副市長、議長、都市整備部長をそれぞれ選任し、現在、土地開発公社が保有する土地はなく約6億8,600万円の財産があるだけであることから特に議論が交わされることなく。平成23年度事業計画、予算、資金計画について承認し閉会した。
その後、午後1時30分の子規記念博物館で開催された松山地区保護司会の研修を受けた。第3分区門田和明保護司(住職)による「教誨と保護司について」と題した講演であった。
25日は、中尾東京大学教授等に同行し、中村知事を訪問し、意見交換を行った。電気自動車の専門家でもあり、松山市で4月に開催予定の日本失敗学会の失敗フォーラムもPRした。
27日は、松山保護司会第9分区(三津浜分区)総務部会の協力保護司として第5回松山市青少年育成市民大会に参加した。大会テーマは「みんなで子どもたちを育もう!」であった。
大会では、松山市青少年善行表彰として地域貢献や善行を行った団体や個人が表彰を受けた。その後のトークセッション〜この街が好きだよ〜では、松山市出身のシンガーソングラーター 加藤いづみさんが自身の子育て体験を通して家族や社会とのかかわりの大切さを話した。
午後からは、ペルシャ湾掃海派遣部隊指揮官であった落合 o(たおさ)氏による防衛講話「国際貢献事始(湾岸の夜明け作戦)」に出席した。平成3年の湾岸戦争後にペルシャ湾の機雷を除去するため活動した511人の海上自衛隊の活躍と各国からの賛辞について当時の模様を詳しく拝聴した。本当に感動的なすばらしい内容であった。

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活動報告/平成23年1月

市政報告
▲市政報告
初えびす
▲初えびす
恵美須餅まき
▲恵美須餅まき
百地章日本大学教授の講演
▲日本会議愛媛県本部・重松恵三会長講演
宮前小学校「汽車ぽっぽによるふゆとあそぼう」
▲宮前小学校「汽車ぽっぽによるふゆとあそぼう」
櫻井よしこ新春特別講演
▲櫻井よしこ新春特別講演
本郷会長挨拶
▲本郷会長挨拶
中村知事来賓挨拶
▲中村知事来賓挨拶
野志市長来賓挨拶
▲野志市長来賓挨拶
野志市長・本郷会長と
▲野志市長・本郷会長と
村島婦人会長の乾杯音頭
▲村島婦人会長の乾杯音頭
懇親会@
▲懇親会@
懇親会A
▲懇親会A

1日は、午前0時に三津厳島神社に初詣に行く。参拝の後、神社総代と一緒に参拝者にお神酒のお接待を行い、午前2時過ぎに歳旦祭に出席。玉ぐしを捧げ今年1年のお祝いと無事を祈った。祭典終了後は、社務所での直会で雑煮をいただき午前3時に自宅に戻り就寝した。 午後1時には、愛媛県隊友会有志と一緒に愛媛縣護國神社に参拝し、公式参拝をする。その後は、宮司さんのご配慮により神楽殿で懇親会を行う。本当に宮司さんには、感謝感謝である。 2日、3日は、左膝じん帯の養生のため実家でゆっくり過ごす。 4日は、恒例の松山市年賀交歓会と式典、県の主要団体主催の年賀交歓会に出席。多くの知り合いに新年のご挨拶をして回った。 5日は、三津朝市初市式に出席し、式典終了後、市長、国会議員と一緒に市場内の関連店舗棟の食堂で朝食を取る。その後、マツスイ社長宅で懇親会。  6日は、愛媛県海外協会主催のブラジル愛媛県人会藤原会長を囲んでの新年会に出席。  8日は、衆議院議員村上誠一郎を囲む賀詞交歓会に参加。激やせしているのにびっくりし気がかりである。   9日は、成人式が松山市内の公民館単位で開催され、地元の三津浜地区の成人式に出席した。我々のころと違い、人数が格段に少なく少子化を実感する。  10日は、三津の恵美須神社初えびすで諸業繁栄祈願祭に出席したり、餅まきをしたりと1日中恵美須神社で過ごした。 11日は、松山維新の会の勉強会の後、地域主権検討特別委員会ワーキンググループリーダー会を開催し、今後のワーキンググループの進め方等について話し合い、その後横田弘之県議会議員の賀詞交歓会に出席した。 12日は、午前10時から議会運営委員会、その後第1回目の地域主権検討特別委員会ワーキンググループを開催した。詳細は委員会報告で述べる。 13日と14日は、議会運営委員会の行政視察で千葉県に出張。詳細は委員会報告で述べる。 14日に帰松後は、2月11日に開催予定の建国記念の日奉祝愛媛県中央大会実行委員会の打ち合わせの後、日本会議愛媛県松山城北支部新年会に出席。ゆっくり休む暇もない。 15日は、新年の柳町町内会の町祈祷でお祓いを受けた後、町内を練り歩いた。 16日は、完全休養としゆっくり自宅で過ごす。 17日と18日は産業経済委員会の行政視察で愛知県に出張。詳細は委員会報告で述べる。 19日午前10時から第2回目の地域主権検討特別委員会ワーキンググループを開催した。詳細は委員会報告で述べる。夜には、松山市役所に勤務している松山西高等学校OB・OGで組織している松山市役所西高会の新年会に出席。優秀なメンバーがおり心強い限りである。 20日は、同僚議員の父親の葬儀告別式に参列。夜には、伊予ライオンズクラブ・松前ライオンズクラブの合同例会を訪問。それぞれのクラブで例会の進め方の違いがありいいことは、取り入れようと思う。 21日は、熱笑会で訪問医療専門の医師のセミナーを聞いた。大変ではあるが在宅で看取ることができる等の話を聞いた。平成3年になくなった父は、三津の自宅で看取ることができ、今でも非常によかったと感じている。なかなか難しいが自分自身もそうなりたいと思う。 22日は、日本会議愛媛県本部第1回月例学習会に参加。重松恵三会長が自衛隊の戦力と日本周辺の各国との防衛のための兵力分析等を詳しく述べた。最近の尖閣や北方領土の問題は、民主党政権が中国とロシアに足元を見られた結果であり本当に情けない限りである。 25日の午前中は、宮前小学校で開催された、「ふゆとあそぼう」昔のあそびに汽車ぽっぽのメンバーにお誘いを受け、けん玉・こままわし・めんこ・はねつき・お手玉・おりがみ・あやとり・かるたといった日本伝統の遊びを児童とともに行い日本の文化に触れてもらった。非常にいい企画であると感じた。 午後には、ひめぎんホールで開催された、櫻井よしこ氏の新春特別講演会「今、私たちができることはなにか」を拝聴した。中国の覇権主義について軍事・経済の両面から話された。昨年も聞いたが歯切れのよさと飽きの来ない非常にわかりやすい内容で大変面白かった。 夜には、恒例の中村時広知事の新春の集いに参加。国会議員には声をかけていないようで誰も出席がなく、県議会議員も昨年の知事・市長選の影響か代理出席も目に付いた。 26日は、松山地区保護司会総務部会に強力保護司として出席。平成22年度顕彰式典の反省や平成23年度定期総会について話し合った。過去総会には、松山市長の出席がないことから次年度は是非にということだったので、市側に調整していただくよう働きかけることを引き受けた。夜の松山市役所卓球部総会・新年会では、OBも数多く出席され久しぶりの方もおり、大いに盛り上がった。 27日の内外ニュース懇話会でも元三菱総合研究所代表取締役副社長團野廣一氏が「日本経済の先行き−新興市場、とくに中国にどう対応するべきか」と題し講演をした。先日の櫻井よしこ氏と同様に中国及び中国人とどのように付き合うべきか、経済活動の難しさを話された。今後も軍事、経済が増大するであろう中国との関係がますます難しくなると感じた。 28日は、昼食をいただきながら三津浜婦人会と29日の市政懇談会について打ち合わせを行い、夜には、中島郷土会新年会に出席。いつものメンバーの外、前年に市議選に出馬し落選した人と次期県議選に出馬予定の人も出席していた。よくあることだがまさに呉越同舟である。 29日は、午前10時30分から三津厚生センターで初めての市政懇談会の準備。母や妹夫婦、おばさん、三津浜婦人会、日本会議愛媛県松山城北支部の有志、友達等大勢が集まってくれ、スムーズに準備は進み、12時から開始となった。若江進を育てる会本郷会長に続いて駆けつけてくれた野志克仁市長から来賓挨拶をいただいた。その後短時間であったが、昨年4月の市議会議員選挙のお礼を含め一連の動きや昨年の知事選および市長選や4年8ヶ月の議員活動について支援者の皆さんに述べさせてもらった。約140人の方々に出席していただき本当に有難かった。遅れて中村時広知事も出席いただき大いに盛り上がり大成功で第1回の市政懇談会を終了することができた。本当に感謝感謝である。 30日は、四国チャンピオンを決める四国卓球選手権大会の応援で松山市総合コミュニティセンターで試合を観戦。その合間を縫って、同郷の旧中島町(神浦)出身の浜石喜代一館長の賢友流空手道真誠館の新年会に出席。 31日は、野志克仁市長と松山維新の会との懇親会が行われ、市長選後の各会派の動きや市長の公約等についてさまざまに意見交換がなされた。市長も非常にリラックスされ、ざっくばらんで大変有意義であった。



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若江 進便り/平成23年1月

謹賀新年
旧年中は、大変お世話になりました。本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。
 さて昨年4月の市議会議員選挙では、皆様方のご支援により2期目の当選をさせていただきました。
また、市議選後には、市政の活性化、改革を推し進めるため市議会最大会派となる松山維新の会に参画しましたが、ご心配とご迷惑をお掛けいたしました。そういった中、参議院議員選挙・知事・市長選におきまして皆様方のご協力により全てに勝利することが出来ました。心から感謝申し上げます。
議会におきましては、昨年3月議会、12月議会で一般質問(通算7回目)を行いました。野志市長誕生後の12月議会では、三津の朝市の活性化策、中島などで被害が増大しているイノシシ対策について質問いたしました。
これからも地域のため、故郷のために皆様のお声に耳を傾け課題解決のため、力の限り頑張りますので引き続きのご支援ご協力を何とぞ、よろしくお願い申し上げます。
 本年が皆様方にとりまして、すばらしい一年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。

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活動報告/平成22年12月

城東ライオンズ松山東警察署での献血活動
▲城東ライオンズ松山東警察署での献血活動
拉致問題緊急集会
▲拉致問題緊急集会
拉致問題啓発パレード
▲拉致問題啓発パレード
市駅停車中の坊っちゃん列者
▲市駅停車中の坊っちゃん列者
三津朝市セリの準備
▲三津朝市セリの準備
中卸水産会社
▲中卸水産会社
市場関連店舗棟
▲市場関連店舗棟
青年海外協力隊22年度3次隊野志市長表敬
▲青年海外協力隊22年度3次隊野志市長表敬
ライオンズクラブ松山城登城道清掃
▲ライオンズクラブ松山城登城道清掃
リフトのサンタクロース
▲リフトのサンタクロース
百地章日本大学教授の講演
▲百地章日本大学教授の講演

1日に12月議会予算折衝が行われた。野志市長は、11月28日に当選し、29日には初登庁し市長としての第一歩を踏み出した。そして、すぐに議会折衝と本当にハードなことだろうと思う。頑張っていただきたい。
2日は、11月に注文をしていた地デジ対応のテレビが届いたので、引き取りに行き実家と自宅にそれぞれ設置した。これで地デジ対応は、完璧である。
3日は、議会運営委員会(委員会頁参照)が午前中に行われ午後からは、1日に行われた、予算折衝と同じ内容で各会派提案説明が行われた。
4日は、同級生が社長を務める(有)獏工房の創立20周年記念ゴルフコンペに参加。今年初めてのゴルフであった。スコアは、想定内の範囲であった。
5日は、愛媛県隊友会中予地区の忘年会に出席した後、途中で退席し、地元の平成船手組の忘年会にも出席。中村知事、野志市長を招待しており、まず野志市長が、入れ替わりで中村知事がそれぞれ出席指定していただいた。大変忙しい中、本当にありがたいことである。
7日は、午前中に恒例の松山維新の会の勉強会を行い、昼には、20数年来の友人である一色充店長が空港通り入り口にオープンしたラーメン一興空港通り店のプレオープンでラーメンをご馳走になった。非常においしい。これから頑張ってもらいたい。午後は、保護司会・更生保護女性会・BBS会連絡協議会の会合に関谷君子保護司の代理として出席した。保護観察や社会を明るくする運動等の連携協力について話し合った。今後は、それぞれの会に声賭けをすることなど具体的な提案がなされた。
8日は、平成23年の松山城東ライオンズクラブの5周年記念の際の県への寄付について担当課の意見を聞きに県庁に行った。終了後、知事室を尋ね、ちょうど会議と会議の合間の数分間知事室で中村知事と懇談することができた。また、今回中村知事の就任にあわせ任命された旧知の、上甲知事補佐官にも挨拶することができ、本当によかった。
10日は、午前9時30分から議会運営委員会(委員会頁参照)が開催され、そして定刻どおり10時に本会議(議会項参照)が開会した。夜には、中村知事、野志市長、松山維新の会の全議員で意見交換会を行い大いに盛り上がった。
11日は、午後、日本会議愛媛県本部事務局長と坊っちゃん広場前で尖閣諸島問題アピールを行った。マイクを握り街頭演説を行った。その後、引き続いて同じ場所で行われた拉致問題啓発緊急集会の参加した。終了後は、拉致問題啓発パレードも行い大街道、銀天街を更新して歩いた。本当に1日も早い解決を祈るばかりである。日本政府の働きかけを期待したいが今の政権では、どうしようもない。
13日は、午前4時に野志市長の三津水産市場視察に同行する。午前11時には、青年海外協力隊の野志市長表敬に同行。2名の松山市出身の女性隊員が出発を前に野志市長と懇談した。市長にとっても初めてであり、前中村市長とはまた違った雰囲気であった。隊員には2年間元気で活動を全うして欲しい。
14日は、今議会の一般質問の発言通告書の提出期限が12時までのため、メールで議会事務局の担当者に送信する。
15日は、本会議(議会項参照)が定刻通り午前10時に開会。6名が一般質問に登壇。
16日も本会議(議会項参照)が定刻通り午前10時に開会。5名が一般質問に登壇。
17日は、午前9時30分から議会運営委員会(委員会頁参照)が開催され、そして本会議(議会項参照)が定刻通り午前10時に開会。5名が一般質問に登壇した。午前中の一般質問が終了し、12時から議会が休憩となりその合間を縫って松山維新の会の総意として以下の通り平成23年度予算要望書を野志市長に手渡した。

  1. 要望項目

一.市民福祉分野
@.子宮頚がん検診並びにワクチン接種の財政支援
A.深刻化する生活保護費増大に対し、適正化と自立支援、両面からの対策の重点化
B.保育所の増改築に対する財政支援
ニ.産業経済分野
@.商店街の空き店舗対策
(保育所や高齢者施設等の複合的な福祉・交流施設)
A.災害等による農林水産物被害への緊急支援対策
(干ばつ、冷害等異常気象やイノシシ等の鳥獣被害に対して財政支援を含めての早急な対応)
B.総合的な農林水産振興
(耕作放棄地や後継者不足への対応、松山産物のブランド化と販売ルートの開発、地産地消(並びに地産知招)の推進、放置竹林対策)
C.坂雲サブセンターゾーン西部地域の整備
(三津の朝市の活性化、西消防署敷地等有休公地の有効活用、古民家や町並みの保存、句碑の整備、秋山像・梅津寺駅周辺整備等)
D.地域経済対策の重点実施
(生活道、下水道、公共施設の耐震化工事等の前倒し発注や低利の融資制度の継続等、地場中
小零細企業への経済支援の実施)
三.環境下水分野
@.生ごみ堆肥化事業の推進
四.総務理財分野
@.台湾(中華民国)との交流
(松山空港との姉妹空港提携及び定期航空路開設、民間レベルでの交流促進支援、中・長期的課題として姉妹・友好都市提携)
A.離島地域の島民への船賃の補助
(特に、通院、通勤、通学に係る経費の直接支援)
以上
午後1時から再開した本会議では、私も登壇し一般質問(通算7回目)を行った。
議会閉会後には、追加議案の提案説明が行われた。
18日は、午前中恒例の松山城登城道のボランティア清掃を行う。油断してすべって転んでしまい左膝を痛めた。通常の痛みとは違うと感じたがこの日は病院にもいかず、夜の三津浜地区広報委員会年末研修にも出席して動きまわった。
19日、昨日の負傷した左膝が1日中痛く、休養をとった。
20日は、午前10から産業経済委員会(委員会頁参照)が開催された。午後さすがに膝の痛みが治まらず、病院でレントゲン、MRI検査を受ける。診断結果は、左膝内側側靱帯損傷で全治3週間ということであった。
23日は、午前中、来年2月11日に開催予定の建国記念の日奉祝愛媛中央大会についての打ち合わせ会議が愛媛縣護國神社内のみゆき会館で行われ、役割分担等について決定した。午後2時からは、天皇誕生日にあわせ毎年開催の天皇陛下のお誕生日をお祝いする集いに出席し、日本大学百地章教授による講演を聴いた。
27日は、午前9時30分から議会運営委員会(委員会頁参照)が開催され、そして本会議(議会項参照)が定刻通り午前10時に開会し午後2時10分ごろ終了し閉会した。議会終了後には、地域主権検討特別委員会(委員会頁参照)が開催された。
夜には、市長も交代したということで市政懇談会が開催された。



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活動報告/平成22年11月

加地会長と岡田小学校校長
▲加地会長と岡田小学校校長
防犯グッズ目録贈呈
▲防犯グッズ目録贈呈
警察学校生による振り込め詐欺防止寸劇
▲警察学校生による振り込め詐欺防止寸劇
岡田小と警察音楽隊の合同演奏
▲岡田小と警察音楽隊の合同演奏
岡田小学校金管バンド部の演奏
▲岡田小学校金管バンド部の演奏
愛媛県警察音楽隊の演奏
▲愛媛県警察音楽隊の演奏
加地会長と県警察学校にて
▲加地会長と県警察学校にて
三津浜地区自主防災訓練@
▲三津浜地区自主防災訓練@
三津浜地区自主防災訓練A
▲三津浜地区自主防災訓練A
三津浜地区自主防災訓練B
▲三津浜地区自主防災訓練B
三津浜地区婦人会の炊き出し
▲三津浜地区婦人会の炊き出し
久保榮伊予市議会議長来賓祝辞
▲久保榮伊予市議会議長来賓祝辞
大野立志大洲市議会議員事例発表
▲大野立志大洲市議会議員事例発表
廣瀬一郎氏講演
▲廣瀬一郎氏講演
伊予市立翠小学校(旧双海町)@
▲伊予市立翠小学校(旧双海町)@
伊予市立翠小学校(旧双海町)A
▲伊予市立翠小学校(旧双海町)A
翠小学校授業@
▲翠小学校授業@
翠小学校授業A
▲翠小学校授業A
翠小学校こだわりの廊下
▲翠小学校こだわりの廊下
時計小屋と木登りするカイズカイブキ
▲時計小屋と木登りするカイズカイブキ
更生保護顕彰式典での中学生の発表@
▲更生保護顕彰式典での中学生の発表@
更生保護顕彰式典での中学生の発表A
▲更生保護顕彰式典での中学生の発表A
野志克仁市長初登庁
▲野志克仁市長初登庁

1日は、午前中に約1年ぶりとなる健康診断を受けた。基本検診だけでなくオプションでさまざまな検査も受けた。血圧が少し高いのと尿淡白が少しあるという言であった。後のバリウム検査や胃がん・大腸がん等の結果は2〜3週間後に出る。ここ数年不規則な生活と夜のお付き合いで体に無理をさせている。今後は、少しセーブしなければと思う。
2日は、地域を語る会の開催のため三津・高浜・宮前・味生公民館の申請手続きに行く。宮前は、中西議員の関係者がすでに手続きを済ませており残りの3館だけ手続きを行った。味生公民館では、館長が何を勘違いしているのか分からないが、ブツブツ言いながらの手間のかかる手続きであった。どこにでもいる頭の固い官僚のような対応で本当に残念であった。
3日は、知り合いのボランティア団体「汽車ぽっぽ」が松山城二之丸史跡庭園で開催している講座「いっしょにあそぼう」を訪ねた。折り紙やたこづくり等をしており、淡交会松山支部のお茶席で抹茶もごちそうになった。
午後からは、自民党松山支連からの除名処分に対する対応を話し合った。
4日は、ちょっと早めの松山卓球協会忘年会に出席。中村市長、野志さんにも出席していただいた。毎年市長には松山市長杯卓球大会に来ていただき開会式で挨拶をいただいたり試合観戦や坊っちゃんカップ道後温泉卓球大会等で大変お世話になってきた。次の市長にも是非スポーツに関心を持ってもらい7年後の愛媛国体への対応をしていただきたいものである。
5日は、午後に北条市民会館で行われた地域を語る会に出席。平日の日中にも関わらず約100名の参集者があった。
6日は、午後に松山城東ライオンズクラブのメンバーと愛媛県警察学校の観菊会&ふれあいコンサートに出席。当クラブの加地会長から岡田小学校長に防犯グッズ(防犯ブザー)を贈呈した。その他、防犯教室(警察学校生による振り込め詐欺防止寸劇)や地元岡田小学校金管バンド部、愛媛県警察音楽隊の演奏会等も行われた。
夜には、高浜公民館での地域を語る会に出席。約90人程が参集してくれた。市長も来賓として出席していただき大変盛り上がった。
7日は、雨模様の中、平成22年度三津浜地区自主防連合会防災訓練に参加。早めに避難訓練場所の三津浜小学校に行き、野志さんと一緒に避難してきた住民に挨拶をして回る。
防災講演や救急訓練、防災パネル・グッズ展示等も行われた。
三津浜婦人会の炊き出しの豚汁とおにぎりをごちそうになった。非常に美味であった。本当にいつもご苦労さんである。
8日は、野志克仁後援会事務所において初めてとなる合同選挙対策会議を開催。
午後は、道後のホテルで野志さんの集会に同行。取引先企業や従業員等、多数集まってもらった。
9日は、伊予市のウェルピア伊予で開催の愛媛平成市議の会の研修会に参加。職員のメンタルヘルスについて講演を聞いたり、県内各市の取り組みの事例発表が行われた。
10日は、昨日に引き続いて研修会の一環で伊予市立翠小学校やしらす加工工場の共栄網やヤマキを視察した。
11日は、午前9時30分から松山市駅前で行われた愛媛県知事選の出陣式に参加。午後には、松山総合コミュニティーセンターで開催された四国小・中学校道徳教育研究大会に参加。金本房夫松山市教育委員長の講演「貧しくて高貴だった われら」を拝聴した。
教員時代に実践した道徳教育や道徳教育の在り方等、氏の思いの詰まったすばらしい話であった。
12日は、午前10時から閉会中のテーマの調査研究のための産業経済委員会が開催された。詳細は、委員会報告で述べる。委員会終了後は、青年海外協力隊白潟OBの砥部焼作陶展に行った。ちょうど白潟OBも会場に来られ、作品についていろいろお話をお伺いした。
夜6時30分からは、三津浜公民館で地域を語る会を開催。冒頭主催者として挨拶をした。中村前市長の奥様美由紀さんも駆けつけ大いに盛り上がった。7時30分からは、宮前公民館でも地域を語る会を開催。両会場とも100名を超える参集者があり、非常にいい雰囲気であった。
13日は、「親しまれる市議会をめざして 〜今、議場がおもしろい〜」に出席。詳細は、議会報告で述べる。
14日は、午前中に三津浜中学校文化祭・PTAバザーに出席。午後には、松山市福祉センターで開催された松山市福祉まつりを訪問した。
15日は、10時から地域主権検討特別委員会に出席。詳細は、委員会報告で述べる。午後は、野志さんの奥さんと一緒に挨拶廻り。夜6時30分からは、味生公民館で地域を語る会を開催。
17日は、平成22年度更生保護事業関係者顕彰式典に出席し、保護司として愛媛県保護会会長表彰を受けた。
18日は、午後5時から選対会議。7時からは、松山市民会館で開催された市長選立候補予定者5名による政策討論会を拝聴。野志さんは、立派な論戦を行ったと思う。
19日は、午前3時30分に起床。午前4時から中村候補を三津朝市に案内。セリが始まる4時30分まで市場内を回り、元卸し業者や中卸し業者の社員に挨拶をして回った。
10時からは、議会運営委員会に出席。臨時議会について協議した。詳細は、委員会報告で述べる。午後1時からは、臨時議会に提案される議案の説明が理財部から行われた。
夜は、介護関係の仕事に携わっている人たちのグループ熱笑会のセミナーに参加した。福祉大国のスウェーデンの取り組みについて勉強をした。特殊な楽器を使った介護事業の実践を聞いた。
20日は、風邪のため1日寝込んでしまった。
21日は、午前9時30分から野志克仁候補の出陣式が坊ちゃん広場で行われた。軽トラの上で挨拶を行う野志さんらしい、いい出陣であった。出陣式終了後は、中村候補夫妻と一緒の車で三津に戻り、三津浜地区文化祭を案内。原口一博前総務大臣も同行し、連れ回しを行った。
午後は、城山公園堀之内地区オープン記念事業「NHKのど自慢」に産業経済委員として出席。生中継のため舞台監督や司会の松本和也アナウンサーの前説やリハーサルは、少々長かったが20日に開催された予選を勝ち抜いた地元20組の皆さんの歌は、非常にうまくて感動した。ゲストは、長山洋子さんとNHKのど自慢には、10数年ぶりの出演となる近藤真彦さんであった。生放送終了後は、ゲストがそれぞれ2曲ずつ歌を披露した。TVで見ることはあったが生放送のNHKのど自慢に出席できたことは貴重な体験であった。
23日は、平成船手組のメンバーとして古い町並みとグルメ散策のイベントの手伝いをした。早朝よりテントや受付の設営、整理券、チラシ等の配布等のボランティア活動を行った。午後は、1時15分の道後商店街の入口での中村候補、野志候補の合同街頭演説から一番町大街道口、市駅前と同行した。
24日は、松山保護司会第3回地域別定例研修会に出席。夜には、のし克仁個人演説会に出席。JAえひめ中央道後支所は、入りきれないほど多くの方々に集まっていただいた。
25日は、午前3時30分に起床。先週に続いて今回は、午前4時から野志候補を三津朝市に案内。中村候補が来た時と同様に朝食も市場内で食べた。
10時からは、臨時議会に出席。詳細は、議会報告で述べる。
夜9時には、最後の合同選対会議を開催。油断することなく最後までの活動を確認した。
26日は、昼間、三津浜で選挙カーを出迎え、野志候補、街宣隊とともに昼食をとる。午後は、すみれの団地やピコア21前で街頭演説を行い三津浜から津田方面を走る。
夜は、ライオンズクラブ1R−2Z合同例会の打ち合わせに出席。来年2月開催予定の合同例会について各クラブ幹事等と確認を行った。
27日は、午後7時45分に野志克仁選挙事務所で選挙カーを出迎え、無事にマイク納めが終了し、本当に厳しい選挙戦を締めくくった。本当に長い長い闘いであった。
28日は、知事選、市長選の投票を済ませ、県国際交流センターとひめぎんホールでそれぞれ開催されているえひめ国際まつりと産業文化まつりを訪問。えひめ国際まつりには、愛媛県青年海外協力協会もブースを出展しており、エジプトのコーヒーやお菓子等を販売し大盛況であった。久しぶりに多くのOB・OGにも会うことができ楽しかった。
夜には、国際ホテル松山での選挙報告会で多くの支援者とともに野志克仁氏の当選を祝った。
29日は、知事選、市長選でお世話になった方々へのご挨拶廻りをした。
30日は、午前7時45分より2回目となる松山維新の会の街頭活動を松山市駅前で実施した。9時には、初登庁の野志克仁市長を玄関で出迎え。約300名の職員も新市長を出迎えた。9時30分からは、松山維新の会の定例会。その後、野志市長、中村次期知事の訪問を受ける。その後は、貯まりに貯まった資料整理で本当に疲れた。

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活動報告/平成22年10月

観光客へのおもてなし@
▲観光客へのおもてなし@
観光客へのおもてなしA
▲観光客へのおもてなしA
空港到着口にて観光PR
▲空港到着口にて観光PR
三津浜地区体育祭@
▲三津浜地区体育祭@
三津浜地区体育祭A
▲三津浜地区体育祭A
三津浜地区体育祭B
▲三津浜地区体育祭B
三津浜地区体育祭C
▲三津浜地区体育祭C
四国中央市土居町の太鼓台担き比べ@
▲四国中央市土居町の太鼓台担き比べ@
四国中央市土居町の太鼓台担き比べA
▲四国中央市土居町の太鼓台担き比べA
四国中央市土居町の太鼓台勢揃い
▲四国中央市土居町の太鼓台勢揃い
旧日青年海外協力隊秋募集説明会
▲青年海外協力隊秋募集説明会
廃線三津浜地区敬老会@
▲三津浜地区敬老会@
三津浜地区敬老会A
▲三津浜地区敬老会A
イノシシ用電気防護策
▲イノシシ用電気防護策
イノシシ用防護策
▲イノシシ用防護策
中島の大浦と小浜
▲中島の大浦と小浜
中島上怒和のたまねぎ畑
▲中島上怒和のたまねぎ畑
中島大泊から粟井への峠道
▲中島大泊から粟井への峠道
生れ故郷の中島大泊
▲生れ故郷の中島大泊
船手組じゃこ天販売@
▲船手組じゃこ天販売@
平成船手組じゃこ天販売A
▲平成船手組じゃこ天販売A
愛媛大学チアリーディング部
▲愛媛大学チアリーディング部
古三津子供虎舞
▲古三津子供虎舞
三津浜小学校PTAバザー@
▲三津浜小学校PTAバザー@
三津浜小学校PTAバザーA
▲三津浜小学校PTAバザーA
 

1日、9月議会が開会したことを受け、松山維新の会13名全員で松山市駅前において街頭活動を行った。13名全員がそれぞれマイクを持ち、松山維新の会の成り立ちや市政の課題等について直接市民に訴えた。非常に好評であった。
2日は、地元の小富士保育園の運動会に出席し、来賓の挨拶をさせていただきありがたかった。また、借り物競争にも参加し1位でゴールした。高齢化と過疎化の進む地元三津浜もこの日この空間だけは、若い保護者と園児たちで元気一杯であった。
3日は、関谷勝嗣先生の旭日大綬章受賞祝賀会が市内ホテルで開催され、三津浜の知り合いといっしょに出席した。200名を越える出席者があり、大盛況であった。祝辞の中で多くの方々が、今後は、大所高所に立って後進の指導に当たっていただきたいと述べた。本当にこれからもお元気で我々にご指導賜りたいと思う。
4日は、午前中、松山維新の会として市長選挙への対応を話し合った。市長候補者が、どういう公約を掲げ我々松山維新の会が推進する政策に合致する候補者を支援することとした。
5日は、松山維新の会定例会を開催し、常任委員会の継続審査の案件や特別委員会等の近況報告がなされ、選挙への取り組みや23年度予算要望についても意見がなされた。
終了後は恒例となっている第5回目の勉強会も行われ、「地域経済の現状と景気対策」というテーマで関係部局から各種施策や現状報告を受けた。
午後は、松山維新の会が推進する政策と野志克仁氏の考え方が一致したことから政策協定を締結し、支援することとした。
氏に市役所に来てもらい記者発表や共同会見も行われ華やかなセレモニーとなった。
6日は、午前中に三津厳島神社で秋祭り秋季大祭々典に出席し玉串を奉典、宮司、宮総代、神輿の担き夫等とともに直方にも出た。夜中には、虎舞い奉納や神輿の宮出しに行って家に戻ったのは、午前4時前であった。
7日は、神輿が各町内を練り歩く町内巡町に同行し、地元町内の柳町を子供神輿といっしょに練り歩いた。
8日の午後は、市長室に市長を訪ね情報交換をし、11月に予定している愛媛平成市議の会研修会について打合せを行う。次回は、伊予市で開催することが決まっており伊予市議会議員のメンバーにお世話になることになった。
その後、三津に戻り三津、中須賀の後祭り(神輿の打ち上げ)に出席し野志克仁氏を紹介して回った。
9日は、午前中松山空港において松山市議会観光振興議員連盟のおもてなし事業に参加し、観光客等にパンフレット等を配布しPR活動を行った。その後、知り合いが萬翠荘で開催している夢冬会第12回能面展でお能の面を鑑賞した。さまざまな顔の面が午後は、コミセンで松山市役所職員共済卓球大会に議会事務局の職員といっしょに参加。一回戦は勝利したが2回戦で敗退した。久しぶりの卓球だったが気分爽快であった。
11日は、1日順延となった三津浜地区体育大会に参加。町別年齢別リレーやポテトレース、綱引き等6種目ほど競技にも参加した。午前中には、野志克仁さんが挨拶回りに来て、昼には中村市長も来訪した。市長とは、弁当を食べながら意見交換を行った。この日は、運動会開始から終了まで1日中三津浜小学校で過ごした。明日は、間違いなく筋肉痛だろう。
12日は、三津浜健康づくり講座「楽しくストレッチ」に参加し、地域住民の女性たちと健康体操を体験した。日頃の運動不足を痛感する。
午後には、市長選の対応を協議。どういう体制で支援していくかなどを話し合った。
13日は、松山維新の会全員で中村市長に知事選の推薦状を交付し合わせて記者発表を行った。
14日は、四国中央市土居町の秋祭りに行ってきた。もう何度も行っているが、何回見ても本当に迫力があり勇壮ですばらしい。
16日は、早朝より恒例の城東ライオンズクラブ松山城登城道のボランティア清掃に参加する。早朝より多数の散策者や観光客に声(あいさつ)をかける。すがすがしい気持ちになる。その後、道後のホテルで中村市長、野志さんと合流し、従業員を集めた集会に出席した。反応は、すごくよかった。
夜は、「生命の碧い星」15周年記念交流会に出席した。青年海外協力隊の先輩で現代の名工にも選出された砥部の白潟八洲彦さんが作成した地球儀の砥部焼きを国連のジュネーブ本部に寄贈して15年が経過したことからそれを記念して開催された。当時の砥部町や故末次一郎先生はじめ関係者が一丸となって働きかけた結果、国連本部に設置されることなり同じものが青年海外協力隊二本松訓練所にも飾られている。また開発途上国等各国の石が集められその中に納められている。まさに国境のない地球が砥部焼きで表現された、すばらしい作品である。
17日は、午前中に宮前校区体育祭に行き、野志さんの挨拶回りに同行し午後はコムズで開催の青年海外協力隊体験談&説明会に参加した。45名を越える参集者があり大盛況であった。OB・OGの参加者が少なかったのが残念である。
18日は、午前中に議会運営委員会に出席。詳細は委員会報告で述べる。
午後は、野志さんを連れ知り合いを挨拶廻りした。反応は、非常によかった。
夜は、母とおば2人を連れて演歌歌手島津亜矢のコンサートに行った。3人とも楽しんでいたようである。帰りにうどん屋により全員を送って行った。少しは、親孝行のまねごとができた。
19日は、産業経済分科会(決算特別分科会)が開催された。詳細は、委員会報告で述べる。11時過ぎに終了したので大急ぎで三津浜へ戻る。三津浜地区敬老会が開催されており、会の終了前に何とか間に合った。来賓挨拶をさせてもらい大変ありがたい。三津浜では、9月の敬老の日ではなく毎年10月のこの時期に敬老会を開催しており、お祝いを受ける人は、77歳以上となっていて母も今年から敬老会の仲間入りをした。
21日は、道後ライオンズクラブ結成50周年記念大会に八塚前会長と一緒に出席。四国地区ガバナーはじめ各ライオンズクラブから多くの出席者があり大盛況であった。愛媛県青年海外協力協会マラウイ会が寄付金を受ける団体に選出され青年海外協力隊竹内明久マラウイOBも大会に出席されて賞を受けた。誇らしい限りである。
22日は、早朝に高浜から高速船で中島の上怒和に向かう。愛媛県海外協会の招きでブラジル人研修生男性1名・女性3名(3世・4世)が来県しており上怒和の松山離島振興協議会田中政利会長のお世話で2泊3日の研修を受けており、1日だけ同行した。午前中は、釣りを予定していたが海は大荒れで風が強く、一応出港しでみたものの中止し、島内を一周して回った。途中農作業中の方々が、イノシシ対策の防護柵を設置作業をしており、被害状況を聞くこともできた。本当に大変な状況である。
 午後は、中島本島に渡り、みかん狩り体験や島一周、田中会長の弟さんの木工工房を訪問したりして過ごす。私は、彼らより少し早く三津浜に戻り、彼らは、上怒和に戻った。
23日午前中は、松山維新の会の選対会議。午後、高浜までブラジル人研修生を迎えに行き宿泊先の松山ワシントンホテルまで送って行った。彼らは25日月曜日に帰国した。
夜は、松山港まつり三津浜花火大会の慰労会が三津浜公民館で行われ、野志さん、中村市長を迎え大いに盛り上がった。毎年、県知事や市長を三津浜花火大会に招待しており、是非来年は、二人揃って出席してもらいたい。
24日は、午前中に道後のホテルに中村市長、野志さんに来てもらいそれぞれの考えを訴えてもらった。最後に私からも様々なお願いをして会を締めくくった。支援していただいて本当にありがたい。
25日は、朝から夕方まで保護観察所で保護司の研修を受ける。環境調整が主な内容であった。拘置中の犯罪者が仮釈放になる際の身元引受人の調整を行う仕事で、親兄弟といえども身元引受人にはなりたがらず、なかなか難問である。
26日は、早朝、市議会議長、野志さんを三津浜に迎え水産会社に挨拶廻り。その後、午後、夕方、夜には、それぞれ友人知人等と意見交換を行う。もっぱら市長選が議題となる。私なりの意見を述べ理解を求めた。概ね理解は得られたように思う。
27日は、午前中は、決算特別委員会を開催。詳細は、委員会報告で述べる。
夕方は、オイスカ愛媛県支局の“愛媛の集い”に出席し、1年の半分をアラスカで過ごす自然写真家の松本紀生さんとジャズ・ハープ奏者の古佐小基史さんのコラボによる講演を聞いた。アラスカのすばらしい自然とハープの音色が非常にマッチしていて癒された。改めて自然の大切さと環境問題の重要さを再認識した。
28日は、午前中に野志さんを連れて挨拶回りをする。アミスポダブルス卓球大会では、練習・試合を中断し熱心に話を聞いていただいた。本当にありがたいことである。
夜には、愛媛県日韓友好議員連盟主催の韓国京畿道議会議員歓迎レセプションに出席した。韓国の県議会議員たちは本当にテンションが高く元気であった。
 29日は、北朝鮮による拉致問題を考える愛媛県民会議(救う会愛媛)の役員会に出席。今年度すでに行われてきた中央の集会や動き、愛媛での活動報告や今後の予定が話し合われた。
30日は、平成船手組のメンバーとして「まつやまお城下ウォーク」にじゃこ天のブースを出展。行列ができるほどの大盛況で完売であった。
31日は、三津浜小学校PTAバザーに行き、うどんや焼き芋等をごちそうになる。生憎の雨であったが、うどんは完売するほど大勢の人でにぎわい盛況であった。
午後は、久しぶりに元の勤務先の松山城二之丸史跡庭園に行き、大日本茶道学会のお茶席を訪問した。久しぶりに抹茶をいただきゆったりした気持ちになった。
その後、野志克仁後援会事務所で松山市政の重要課題や現状等について各市長立候補予定者の公約等について夜遅くまで勉強会を開催した。

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活動報告/平成22年9月

 2日に地域主権検討特別委員会が開催された。詳細は、委員会報告で述べる。
3日には、9月議会が開会した。詳細は、議会報告で述べる。議会終了後、松山維新の会の定例会が開催された。今月の会派の予定等について話し合われ、28日に市駅前において街頭活動を行うことが決定された。
午後は、三津に戻って松山水産市場内の関連店舗棟の改修に係る企画提案を三津浜まちづくり協議会とともに市水産市場課の職員から受ける。取扱量の減少等により中央卸売市場から地方卸売市場に来年度より移行されるため、それに合わせ今後水産市場を活用し地域活性化に生かしていくか大きな課題である。
4日は、午前中に三津浜発大浦行きのフェリーで中島に帰る。忽那肇さんの案内で、「東京国立博物館里帰り展」と歴史シンポジウム「忽那諸島の歴史を探る」を見てきた。国の重要文化財に指定されている忽那家文書(忽那肇さん所蔵)も展示公開されていた。シンポジウムでは、忽那家文書の内容を詳しく解説、また二神家文書と二神島についても解説がなされ鎌倉時代から瀬戸内の交通の要所として繁栄していた忽那諸島の歴史にもふれた。パネルディスカッションでは、中島や興居島で発掘された銅鏡や経筒等の出土品の解説や学校現場での教育実践が披露された。非常に中身の濃い内容であった。
終了後は、高速船で高浜まで、そこから電車で三津浜まで戻ってきた。恒例の三津浜グルメシティーシーフードバーべキュー「食べにこん会」に市長が来訪するということだったので、松山港まつり振興会河野隆幸会長と一緒に市長と歓談をし、三津の兼清サロンも見てもらい、婦人会の皆さんと意見交換もしてもらった。非常にいい機会であった。
7日は、東京大学総長室アドバイザーの村沢義久氏と市長表敬。村沢氏は電気自動車や太陽光発電等の第一人者で愛媛県が行っている電気自動車の研究にも協力している。
8日は、青年海外協力隊山本昭夫OBがパプワニューギニアJICA事務所の調整員の勤務を終了し帰国したので、道後で久しぶりに酒を酌み交わした。
9日、10日は、議会の代表質問が行われた。
11日は、数ヶ月ぶりに拉致問題啓発活動に参加した。また、三津浜グルメシティーシーフードバーべキュー「食べにこん会」は、この日が最終回であった。会場設営とバーべキューセットの販売、後かたずけ等のボランティア活動を行った。
13日は、一般質問と2回目となる地域主権検討特別委員会、14日は、一般質問、15日は、一般質問と決算特別委員会、16日は、産業経済委員会が行われた。詳細は、議会報告及び委員会報告のページで詳しく述べる。産業経済委員会終了後には、県庁に駆けつけ青年海外協力隊平成22年度2次隊の知事表敬に同席した。
17日は、松山市から出発の青年海外協力隊平成22年度2次隊の中村市長表敬に同席し、その後議長も表敬訪問した。また、なかなか見る機会もないと思い市議会の議場を案内した。隊員は、それぞれ市長席や議長席で記念撮影をし、初めての経験に感動していた。
18日は、1年ぶりに生れ故郷である中島粟井の敬老会に松山市漁協婦人部のメンバーとともに出席した。私は、祝辞を述べカラオケも1曲歌わせてもらった。松山市漁協婦人部は、歌や踊りで敬老会を大いに盛り上げ、拍手喝采を受けていた。ただ、ひとつ残念なことは、昨年より参加者が減少していることである。高齢化と過疎化が進み毎年人口が減少しており本当にさびしいことである。
19日は、三津浜中学校の運動会に出席した。我が母校でもあり本当に懐かしい思い出見せてもらった。
20日は、いとこの長男の結婚式に出席し祝辞を述べた。いとこは同級生であり小学生までは、家も中島の大泊で隣であり幼馴染でもあることから本当に感慨深いものがあった。
長男夫婦の末永い幸せを願う。
 21日の午後は、松山維新の会の市長選に向けての対応について話し合いがもたれた。夜は、地元の三津浜社会福祉協議会の役員と意見交換をし三津浜地区での拠点作りについて話し合った。
 22日は、日本会議愛媛県本部において来年度の歴史教科書等の採択に向けた対応について協議がなされた。県民運動として取り組み、現場の教員も巻き込んで運動を展開していかなければならない。
 23日は、久しぶりに卓球の試合に行ってきた。とは言っても選手としてではなく、県卓球協会常任理事として、県卓球選手権兼四国選手権予選(ジュニア以上)の試合進行の手伝いに行き、夜の試合終了までずっとコミセン体育館で過ごした。
 24日は、中島郷土会夏期親睦会の冒頭で挨拶をさせていただき、皆さんにひと通りお酌をして回った。本当はゆっくりしたかったが、第25回トライアスロン中島大会完走報告会があり、後れてではあったがそちらに出席をさせてもらった。色々な会からお声をかけていただき有難い事である。
 25日は、午前中にライオンズクラブ地区ガバナー公式訪問に出席、終了後三津浜に戻り、昼食を取り三津浜小学校の運動会に出席し終了まで応援した。また、その後は、自衛隊予備自衛官の研修に出席するために西予市城川の宝泉坊温泉に向かう。伊予市から高速に乗ったが高速料金が無料の影響で交通量は、格段に増えたと感じた。ひと風呂浴びた後、自衛隊OBの予備自衛官と酒を酌み交わし意見交換した。
 26日は、宝泉坊温泉から三津浜に戻り、夕方から地元平成船手組の有志と伊予市五色浜のいも炊きに行ってきた。偶然、知り合いの伊予市の市議会議員も地元小学校の運動会の打ち上げで来ていた。
 27日は、午前9時半から議会運営委員会、10時から本会議と続き、12時30分前に議会が閉会した。その後すぐに地域主権検討特別委員会が開かれた。詳細は、議会報告、委員会報告で述べる。委員会終了後は、食事を取るまもなく松山維新の会の会議を行い、翌28日に予定の松山維新の会の街頭活動について話し合い、天気の都合で10月1日に延期することとした。また、その時に配布予定のチラシについては、大阪の橋下知事の写真が使用できないかもしれないということで中止することとした。
 29日は、21世紀研究会が県庁で行われ、ちょうど同じ時刻に中村市長が自民党愛媛県連と政策協定を結び自民党愛媛県連が推薦を決定したとの一方が入ってきた。これで愛媛県知事は、中村市長にほぼ決定したといっても過言ではない。
 午後は、保護司の研修を受けた。今回のテーマは、環境調整という言で現在、服役中の仮出所に係る身元引受人に対する対応等について主任監察官より説明を受け、分区ごとで各ケースによる事例研究を行った。身元引受人が居なければ任期満了まで服役することになる。
 30日は生憎の雨の中、市議会のバスで今治市吉海町へ向かい、愛媛県市議会観光振興議員連盟の研修会に出席した。講演や事例発表を聞いた後、村上水軍博物館の見学(今回で3回目)と潮流体験(今回で2回目)にも参加した。夜には、東温市議の佐伯正夫氏の出版記念の集いにも出席した。

 
青年海外協力隊平成22年度 中島粟井敬老会 三津浜小学校運動会@
▲青年海外協力隊平成22年度 

▲中島粟井敬老会
▲三津浜小学校運動会@
三津浜小学校運動会A    
▲三津浜小学校運動会A



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活動報告/平成22年8月

 1日は、昨日から宿泊していた松山市野外活動センターで各コースに出発する青年海外協力隊OVを見送り、自宅に戻って着替え、松山卓球選手権が行われているコミセンに向い、午後には愛媛縣護國神社内にあるみゆき会館へ移動した。
地球市民の会による第13回サマースクーリングin愛媛のため来松した韓国人大学生も参加し、2010日韓友好講演会がみゆき会館で開催され、その司会進行を務めるためであった。旧北条市出身の重松@修(まさなお)氏の功績に関する著書『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』の作者である日本近現代史研究家で映画評論家でもある田中秀雄先生と松前町立岡田中学校の大津寄章三先生の対談形式による講演が行われた。今年は日韓併合100周年であり、そうした中、韓国併合時代にいかに朝鮮の人々のために尽力し慕われていた日本人たちがいたかということを詳しく説明し、日本政府が韓国統治のためいかに莫大な巨費を投じたかが述べられた。
講演を聞いていた韓国人大学生たちは、どのように感じたろうか。どちらにしても未来志向で物事を進めていかなければならないと感じる。
講演後は、松山東急インに場所を移し来松した韓国人大学生の歓迎会にも出席した。
本当に長い一日であった。
3日は、松山維新の会の3回目の勉強会が行われた。冒頭に松山市立保育園連盟の関係者から待機児童解消等の陳情があった。続いて都市整備部から道路行政のうち都市計画道路と松山外環状道路について都市整備部開発担当から中心市街地活性化のうちJR松山駅周辺再開発と大街道口周辺(ラフォーレ原宿跡地他)再開発について詳しい説明がなされた。どれも大型事業であることから松山市の財政を圧迫することのないように注視しなければならない。
5日は、姪が手術を受けた。午前9時に手術室に入り、病室に戻ってきたのは午後5時30分を過ぎていた。命にかかわる病気ではなかったが長時間に及ぶ大手術であった。本当によく頑張った。
6日は、日本会議愛媛県本部松山城北支部総会がみゆき会館で開催された。昨年立ち上げた本会もちょうど1年が経過し、今後ますますの発展を期待したい。
7日は、午前8時に松山市水産市場の三津朝市拡大イベントに参加、平成船手組の餅つきと保護司会の社会を明るくする運動の啓発活動にボランティア協力、その後、例年どおり平成船手組のメンバーと松山港まつり三津浜花火大会の会場設営のため、一日中会場で過ごす。今年の夏は、本当に猛暑で午後からの三津浜中学生のお手伝いも、とにかく熱中症にならないよう注意をしながらの作業であった。
8日は、三津恵美須神社において松山港まつり「港湾感謝祭・海上安全祈願祭」が執り行われ参列した。その後は、昨日に引き続いて花火大会の会場設営のボランティアを行った。例年だとそのまま花火大会来賓席で来賓の接待を行っていたが今年は、松山市議会産業経済委員として招待を受けていたため接待を受ける方になった。来年も委員として招待を受けることになろう。花火終了後は、会場の清掃と大量に発生したゴミの回収を行った。とにかく、大量のごみである。ゴミが出るのはある程度いたしかたないが、分別は全くなされておらずマナーとモラルの低さに愕然とする。
9日は、午前中は花火会場の後片付けをし、夕方には陸上自衛隊松山駐屯地納涼祭に初めて出席した。南梅本町の陸上自衛隊松山駐屯地内のグランドには、ステージも設置されており、生憎の雨にも関わらず、一般にも開放され、来賓や家族、関係者等も多数が参加した。盆踊りや平井の女みこし等の出しものもあり大いに盛り上がった。
10日は、愛媛平成市議の会幹事会では、次回の伊予市での研修会内容や日程について話し合いが行われ、午後から愛媛県市議会議員研修会と愛媛県観光振興議員連盟総会が開催された。
11日は、市長と松山維新の会の市政懇談会が行われた。市長からは、先月の臨時議会の水問題に対する松山維新の会の対応に謝意が述べられた。懸案の知事出馬に関しては、一切話題にならなかった。
12日は、松山市議会観光振興議員連盟として議員、議会事務局の職員等とともに野球拳おどり無審査連の部に参加した。
14日の松山西高・西中等学校同窓会(陽光会)に出席した。100名を超える参加者があったが、その中でも我々1期生の参加が最も多かった。
15日は、愛媛縣護國神社で執り行われた終戦記念日祭に参列した。先の大戦で尊い命を捧げられた英霊は、今日の日本をどう思っているかと思うと心が痛む。経済的には、確かに大きな発展を遂げたが、本当に大切な日本の伝統や文化、心を忘れてしまったこの日本の現状を大いに憂いていることだろうと思う。本当に残念なことである。志ある者たちが守っていかなければと思う。
21日は、午前中に松山城登山道県庁口の清掃ボランティアに参加。とにかく本当に暑くて熱中症に気をつけながらの作業であった。午後からは、トライアスロン中島大会の前夜祭に出席。初めての出席であったが、大いに盛り上がった。宿泊は、JA愛媛中島支所の宿泊所にお願いした。ありがたいことである。
23日は、9月議会会派予算折衝が行われ、市長、副市長、理財部長、総務部長、総合政策部長、財政課長以下の担当職員、秘書課長等も同席の上、予算案等の説明を受けた。
冒頭、市長から水問題に対し7月臨時議会での補正予算案と関連条例案について我々松山維新の会の対応に対し謝意が述べられ、西条市への訪問や愛媛県の協議会設置の動き等に関しても説明がなされた。
その後、9月議会に提案予定の補正予算案や条例案等の趣旨説明が行われた。具体的な補正予算額の大枠は、理財部長から、個別の予算案や条例等の議案については、財政課長からそれぞれ説明が行われた。特に問題になるようなことはなかった。
24日の21世紀県政研究会では、新知事に期待する様々な意見が出されたが、強いリーダーシップを発揮するとともにワンマン体制ではない政策実行を期待する声が多く聞かれた。いずれにせよ中村松山市長の動向が注視されているのは、言うまでもないことである。
25日は、私が敬愛する愛媛県青年海外協力隊を育てる会武村剛吉副会長の甥である光明幼稚園長(京都)の田中雅道氏を武村副会長とともに空港で出迎え。氏は、(財)全日本私立幼稚園幼児教育研究機構の理事長を務めとおり、愛媛県教育委員会主催の「幼児期の教育を考える講演会」のシンポジウムのシンポジストとして来松されており、これからの幼児期の教育について持論を展開された。非常に参考となる講演会であった。
26日は、この3月で愛媛県卓球協会会長を退任された村上周利前会長の慰労会を松山大学卓球部OB有志で行った。松山大学卓球部の先輩でもある会長の長年の労苦に心からの感謝とねぎらいを申し上げたい。
27日の議会運営委員会は、委員会で詳しく述べる。また、午後からの議案等各会派提案説明は、理財部より説明があり内容は23日の予算折衝と同じであった。
その後、水資源担当部より松山市が求めている西条工業用水の日量48,000立方メートルの積算根拠や先般の分水反対の市民グループの集会に関する意見も述べられた。いずれにしても市民のために最良の施策を速やかに進めることが政治の責任である。
28日は、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が理事長を務める国家基本問題研究所の月例研究会が松山で開催された。愛媛銀行頭取中山紘治郎氏が支援しており、会員も多数であることから通常は、東京で開催される月例研究会を愛媛で開催することになったとのことであった。櫻井よしこ理事長がコーディネーターを務め、副理事長の田久保忠衛氏、企画委員・評議委員の潮匡人氏、島田洋一氏がさまざまな意見を述べた。櫻井よしこ理事長の話は、本当に歯切れがよく、分かりやすく、この日本のことを考えているなと感じた。
29日は、愛媛県隊友会特別会員懇談会が開催され、愛媛銀行頭取中山紘治郎氏を講師に迎え危機管理についての講演会が行われた。企業経営における危機管理とは、どういうものかを自身の経験を踏まえ、詳しく述べられた。
30日は、閉会中の産業経済委員会が開催された。詳細は、委員会報告で述べる。
31日は、松山市が求めている西条工業用水の日量48,000立方メートルに反対する市民グループによる水資源対策特別委員会の勉強会が開催された。私も傍聴させてもらったが、市民グループ曰くさまざまな観点から検討した結果、日量48,000立方メートルは、過大であるので、西条工水からの松山分水は不要であり、更なる深井戸等の開発やトンネル貯水等で必要量は、まかなえるという持論であった。ただこれも、積算の基準となる数値目標等をどれにするかで数値は、大幅に変わってくる為、松山市の提案とはかみ合わないのも事実である。午後は、松山維新の会第4回勉強会が開催され、理財部、公営企業局、下水道部からそれぞれ平成21年度一般会計の決算状況、水道事業の決算状況、公共下水道事業の決算状況について9月1日号の広報松山に掲載されている松山市の台所事情を参考にしながら説明を受けた。現在のところ松山市は健全経営であるが、松山市の負債の大部分を占める公共下水道については、市民の更なる公共下水の利用を促進する必方策を打つよう要望がなされた。
夕方には、日本会議愛媛県本部の正・副運営委員長会議が愛媛縣護國神社社務所で行われ、運営資金の問題や今後の活動日程等について討議がなされた。

 
2010日韓友好講演会 サマースクーリングで来松した韓国の大学生 陸上自衛隊松山駐屯地納涼祭盆踊り
▲2010日韓友好講演会 

▲サマースクーリングで来松した韓国の大学生
▲陸上自衛隊松山駐屯地納涼祭盆踊り
女神輿(小野小町会) 愛媛県青年海外協力第23回愛媛県市議会議員研修会 愛媛県青年海外協力愛媛県市議会観光振興議員連盟総会
▲女神輿(小野小町会)
▲第23回愛媛県市議会議員研修会
▲愛媛県市議会観光振興議員連盟総会
愛媛縣護國神社万灯みたま祭 愛媛縣護國神社終戦記念日祭 松山城県庁口登山道清掃
▲愛媛縣護國神社万灯みたま祭
▲愛媛縣護國神社終戦記念日祭
▲松山城県庁口登山道清掃
第25回トライアスロン中島大会@ 第25回トライアスロン中島大会A 第25回トライアスロン中島大会B
▲第25回トライアスロン中島大会@
▲第25回トライアスロン中島大会A
▲第25回トライアスロン中島大会B
国家基本問題研究所 櫻井よしこ理事長    
▲国家基本問題研究所 櫻井よしこ理事長


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若江 進便り/平成22年8月

残暑お見舞い申し上げます。
日頃、皆様には、暖かいご支援とご協力を賜りまして誠にありがとうございます。
また、4月の市議会議員選挙、7月の参議院議員選挙では、大変お世話になりました。
さて、5月に新会派「松山維新の会」に参画を致しました。松山維新の会は、自民党と無所属の合同の会派であり、他に自民党議員団もあることから自民党議員による2つの会派が誕生したことになります。会派設立の際は、自民党松山支部連合会から役職停止等の勧告を受けましたが、県連は離党する必要はないということでありましたし、7月31日に開催されました自民党松山支連大会でも除名等の処分はありませんでした。
この間6月議会においては、松山維新の会は中村市政寄りの最大会派となりましたが、残念なことに自民党議員団は、議会人事等において主義主張の全く異なる共産党等の野党と手を組むという信じられない行動に出ました。
また、7月臨時議会では、西条市の黒瀬ダム工業用水の松山分水が可能かどうかの協議会開催の一助となるよう市長提案の議案に賛成しました。海水淡水化、面河ダムからの分水や石手川ダムのかさ上げ等、19方策の検討内容も確認いたしました。どれもコスト面、実現性等で一長一短があるのは事実ですが、総合的に勘案して平成17年当時最も良いとされ市議会で決議された黒瀬ダム工業用水の転用の実現を願っておりますし、1日も早くこの水問題が前進するよう頑張ります。
これからも、皆さんのご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

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活動報告/平成22年7月

 1日は、犯罪予防活動部員(松山保護会第9分区)として第60回社会を明るくする運動の広報パレードに参加した。松山保護司会、松山マドンナ大使や椿幼稚園の園児等も参加し大街道の三越前からいよてつ高島屋前までにぎやかなパレードとなった。私は、パレードがスムーズに行くように大街道商店街と銀天街におかれている立て看板やベンチ等の障害物の撤去と復元を担当した。毎年、暑い中本当にご苦労さんである。犯罪のない明るい安全な社会を実現するためこれからも頑張らねばと思う。
夜は、市役所卓球部顧問の岡本誠司副市長が退任し総務省へ戻ることが内定したので、卓球部主催の送別会が行われた。私も議員当選する前は、市役所卓球部の一員であり、当選後は、副市長とともに顧問を務めている。
7日の本会議最終日は、水資源対策特別委員会を設置するかどうかで意見が対立し、夜8時過ぎまで議会が延びた。本当に引き延ばし工作ばかりで到底市民の皆さんの理解など得られるわけはない。詳細は、議会報告で述べる。
10日は、参議院議員選挙戦最終日であり、市駅前で毎月恒例の救う会愛媛による拉致問題啓発署名活動、いよてつ高島屋前での山本順三参議院議員候補の街頭演説会、そして三津浜に戻ってきて三津恵美須神社の夏祭り神事、西部地域開発協議会総会にも出席した。総会では、理事に選任された。その後は、昨年も開催した三津シーフードバーべキュー「食べにこん会」の会場での西部地域開発協議会懇親会に出席し、恵美須神社カラオケ大会の審査員も務めた。カラオケ大会終了後は、餅まきも行った。本当に超多忙な1日であった。
 11日は、山本順三参議院議員の選挙報告会に出席。思ったよりも早く当選確実が出て、本当に圧勝であった。やはり菅総理の唐突な消費税発言と普天間基地問題の迷走により民主党は、大敗したが、かといって自民党が勝利したかというとそうでもないようである。
 昨年の衆議院議員選挙同様自民党が駄目だから民主党へ、今回は民主党が駄目だから他の党へと国民が政治家に対し不信感とあきらめともとれる感情を増大させているように思う。本当に残念である。
 12日は、夏休みを前に三津浜中学校において保護者や関係者による町別懇談会が開催された。三津浜地区の保護司として出席し夏休み中の非行防止について意見を述べた。
15日は、松山維新の会の第1回勉強会で松山市の最重要課題である水問題について、水資源対策課から丁寧な説明を受けた。過去に水資源対策特別委員会で検討された19方策のうち面河ダムからの分水、石手川ダムのかさ上げ、トンネルへの水の備蓄、下水道処理水の再利用等については、特に丁寧な説明を受けた。本当にどの案も一長一短がある。
勉強会の後は、大阪維新の会のメンバー22名が来松し、市長表敬に松山維新の会のメンバーも同行した。その後、議会において意見交換も行い、夜には、市長も交え懇談会を持った。文字通り橋下徹知事を代表とした大阪府の党であり松山維新の会とは、少し趣が違うが若いメンバーが多くエネルギッシュで元気な印象を受けた。
16日は、薬物撲滅を目指し、「ダメ。ゼッタイ。」普及運動街頭パレードに参加、1日の第60回社会を明るくする運動広報パレードと同じように行進を行った。
17日は、毎年恒例の地元三津厳島神社の十七夜祭の神事、餅まきに参加し、今月二回目のカラオケ大会の審査員を務めた。
18日は、第37回松山市長杯卓球大会がコミセンで開催され午前8時30分に市長とともに開会式に出席し、その後和気浜海岸の愛媛県予備自衛官部会のバーべキューに参加、終了後またコミセンに戻り、大会終了の午後8時過ぎまでコミセンで過ごした。出たり入ったり行ったり来たりと本当にバタバタである。
20日は、議会運営委員会が開催され23日の臨時議会の日程や9月議会の日程について協議がなされ決定された。詳細は、議会運営委員会報告で述べる。
24日は、若江進を育てる会全体会議を開催。前日、事務長も帰松し、中心メンバーが集まり組織体制の充実や今後の予定等について話し合いを持った。本当にありがたいことである。皆さんの期待に答えられるよう頑張りたい。
27日は、三津商店街入り口の住吉神社カラオケ大会の審査員を務める。今月3回目の審査員である。
28日は、松山保護観察所において第60回社会を明るくする運動広報パレードの反省会。毎年同じような内容で今後は、何か新しい試みも必要ではとの意見も多く出された。
29日は、愛媛県青年海外協力隊を育てる会理事会・総会が開催され理事会では、司会進行を務めた。今年は参加人数が少なく、初めて(社)協力隊を育てる会と青年海外協力隊事務局からもだれも出席せず、非常に残念であった。しかし、帰国隊員のトークショーは、多くのことを感じさせるよい内容であったと思う。
31日は、青年海外協力隊OB・OGによる中・四国ブロック大会合同研修会が中国・四国から関係者や家族を合わせ110名の参加者の下、松山市野外活動センターで開催された。本当ににぎやかで、ざっくばらんな研修会であった。午後に開催された自民党松山支部連合会定期大会には出席しなかった。執行部に対し厳しい意見も出され、市議会内の会派と自民党松山支部連合会の党運営をいっしょに考えて厳しい処分を下そうとする執行部に対して苦言が呈されたようである。

 
愛媛県青年海外協力隊を育てる会理事会@ 愛媛県青年海外協力隊を育てる会理事会A 愛媛県青年海外協力隊を育てる会関会長挨拶
▲愛媛県青年海外協力隊を育てる会理事会@ 

▲愛媛県青年海外協力隊を育てる会理事会A
▲愛媛県青年海外協力隊を育てる会関会長挨拶
青年海外協力隊帰国隊員トークショー@ 青年青年海外協力隊帰国隊員トークショーA 愛媛県青ケニヤ人ニック・マユンガ氏のジャ
▲青年海外協力隊帰国隊員トークショー@

▲青年海外協力隊帰国隊員トークショーA
▲ケニヤ人ニック・マユンガ氏のジャンベ太鼓演奏
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活動報告/平成22年6月

 1日は、翌2日に開催される臨時議会に備え松山維新の会の会議を実施した。
夜は、日頃からお世話になっているFM愛媛の木藤専務が会社を退職されたので、その送る会に出席し今後のご健勝とご活躍を祈った。
2日は、9時から松山維新の会の定例会を開催。10時30分から臨時議会が開催された。詳細は、議会報告で述べる。
3日は、久しぶりに松山湯築ライオンズクラブとの合同例会を実施し、次期の役員紹介があり、私は松山城東ライオンズクラブの幹事を引き受けることになった。
4日は、6月議会に提案される補正予算案等の予算折衝が松山維新の会所属議員、市長、副市長、理財部長と財政課担当職員同席の下で行われた。6月議会に提案される補正予算案等の詳しい説明があり、それに対する質問も行われた。夜には、第16回日韓市民交流フォーラムin平澤の打合せ会が行われた。
5日は、 午後からお世話になった池内家の結婚披露宴に出席し、お祝いの挨拶を述べ、その後自宅に戻り、準備をしてJR松山駅から壬生川駅へ、駅からはタクシーで本谷温泉へ向かう。本谷温泉は、初めてであったが道後温泉、鈍川温泉とともに愛媛県の3大温泉に数えられているとのこと。この日は、青年海外協力隊OB・OGと夜遅くまで語り合った。何の打算もない本当に気の置けない楽しい時間であった。
6日は、午前中に愛媛県青年海外協力協会総会に出席し、11時に松山城東ライオンズクラブの菅さんに西条市の本谷温泉に迎えに来てもらい、同乗の次期会長である加地先生と四国中央市のグランフォーレに向かい午後からライオンズクラブ国際協会336−A地区次期クラブ三役オリエンテーションに出席した。次期会長は、加地 尚氏、幹事は、私が引き受け、会計は、菅 基裕氏が担当することとなりこの3人が次期三役を務めることとなった。 
7日は、北朝鮮による愛媛県人拉致疑惑の真相を究明する地方議員連絡会(愛媛拉致議連)総会に出席。総会終了後には、テレビ等にも数多く出演されている関西大学経済学部教授でRENK代表でもある李 英和氏が「暴走国家・北朝鮮の狙い」と題して講演を行った。李氏は、北朝鮮と中国から身柄引き渡しを要求されている人物であり、TV等で北朝鮮の内部(公開処刑の映像等)映像等が放送されることがあるがそのほとんどをRENKが提供している。講演では、韓国艦撃沈や訪中の目的、今後の北朝鮮の後継者問題、そして3代目後継者となった場合の拉致問題等について詳しく述べられた。非常に興味深い内容であった。
10日は、山本順三参議院議員を三津浜に招いて、校区集会を開催した。夜には、松山市厚生福祉センターの建替えに関する説明会が松山市によって行われた。いよいよ具体的に工事日程等も示され来年8月の完成をめざすこととなった。
11日は、午前中に議会運営委員会が開催された。詳細は、議会報告で述べる。午後には、4日の予算折衝と同様の内容で各会派議員への議案等の説明会があった。
夕方には、愛媛県青年海外協力隊を育てる会総会資料の発送業務に汗を流し、終了後に運営委員会を開催。
12日は、毎月恒例の救う会愛媛による伊予鉄高島屋前で北朝鮮による拉致問題の解決のための署名・啓発活動に参加し、街頭演説も行った。
13日は、崇教真光6月度月並祭、まさき国際交流の会通常総会に出席した後、知り合いの茶道表千家流寒川先生のお茶会で抹茶を一服ご馳走になる。その後道後へ移動し愛媛県隊友会懇親会に出席した。
15日は、三津浜婦人会のメンバー40名と四国電力伊方原子力発電所の視察にでかける。この日は、大雨であった。8時に伊予鉄三津駅前を出発。10時前に伊方原子力発電所に到着し2時間ほど内部見学した。松山はそうでもなかったが、現地は生憎霧がすごくてせっかくの景色を見ることができず少し残念であった。12時からは、風車のレストランに移動し昼食をとり、お土産に名物のじゃこカツを買い、帰りに大雨の中、内子町町並み保存地区に立ち寄り5時ごろ、三津浜に帰ってきた。往復のバスと昼食は、四国電力の手配で、全て無料であった。生憎の天候であったが皆さんに喜んでいただき、また原発の安全性を認識していただくよい機会となった。
16日は、保護司で第9分区の犯罪予防活動部員をしていることから社会を明るくする運動用品の仕分け作業を行い第9分区(三津)に割り当てられた用品を持ち帰った。三津の他の保護司さんと分担し三津浜の企業等に配布して回ることとする。
午後は、愛媛県出身の青年海外協力隊員平成22年度1次隊の県庁表敬訪問に同行し、夜の壮行会にも顔を出した。2年間元気で頑張ってきてもらいたい。
18日は、10時から改選後の初議会である6月定例会(議会)が開会した。詳細は、議会報告で述べる。午後は、北方領土返還要求愛媛県民会議の講演を聴いた。演題は「ロシア双頭政権の対日戦略―鳩山政権で北方領土返還は実現するか―」であった。菅政権になったので菅政権でということになろうが、民主政権では、ロシアと安易に妥協しかねないと警鐘を鳴らしていた。夜には、松山城東ライオンズクラブの次期役員準備委員会と懇親会が行われた。7月1日から新任期がスタートする。
19日は、映画「ミラクルバナナ」とシネマカフェに行ってきた。映画の内容は、ハイチ共和国に大使館派遣員として赴任したヒロインが貧しくノートを買えない子どもの現状を知り、バナナの葉でペーパーをつくることを思い立ち、日本の和紙作りの手法で現地でもできるバナナペーパーづくりに奔走する姿と周りの人たちとのかかわりを描いた作品であった。青年海外協力隊の活動と酷似しており、共感できる部分も多々あった。その後は、コーヒーを飲みながら映画のことや青年海外協力隊OGの横内悠さんのベリーズでの体育指導の体験談、意見交換も行われた。
20日は、16日に仕分けして持ち帰っていた社会を明るくする運動用品を第9分区の各保護司さんに分配し分担して三津地区の行政機関や学校、企業等に配布してもらうこととした。夜には、自民党松山支部連合会主催で三津、宮前、高浜の3校区合同の参議院議員山本順三氏と語る会が三津厚生センターで行われた。混乱を招いてもいけないので、開始後30分ほど遅れて会場の末席についた。残念なことに3校区併せて約40名程度しか集まっておらず、そのほとんどが先日私が行った集会に来ていただいた方々であり、人数の少ないのが本当に残念であった。
21日は、愛媛県海外協会の総会・講演会に出席した。今年は南カリフォルニア愛媛県人会創立100周年となることから8月に慶祝訪問団を派遣することとなった。
また、講演では、日系2世のカナダ人作家、ジョイ・コガワさんが「苦難の時代を生き抜いた日系人」と題し、父・中山吾一(大洲市出身)氏をはじめとする日系人がカナダにおいて第2次世界大戦中にどのような人種差別に合い、収容所に送られたり強制労働を強いられたりしたかを述べた。
23日は、内外ニュース松山懇談会に出席しその後三津の自宅に戻り参議院議員山本順三夫人と合流し、夕方まで支持者のところを紹介して回った。夜には、愛媛県倫理法人会青年委員会のパネルディスカッションに出席。若手企業家たちによる討論会は、非常にエネルギッシュであった。
24日は、参議院議員選挙の告示日であったが、松山市議会においては、9時30分より議会運営委員会、10時から本議会が開会し、一般質問が行われ4名の議員が質問に立った。
25日も、10時に本会議が開会し、4名の議員が質問に立った。
26日は、久しぶりに愛媛異業種交流会青年部の懇親会に参加した。
27日は、午前中は、三津浜老人クラブ連合会の総会に初参加。祝辞を述べさせてもらった。本当にありがたいことである。昼からは、知り合いの企業の創業40周年記念式典に出席。この厳しい不況の時代に40年にもわたり会社を存続させてきたことに敬意を表した。本当に素晴らしいことである。今後も頑張ってもらいたい。
夕方は、中村市長の後援会主催で山本順三個人演説会が行われた。我々松山維新の会の市議会議員も出席した。
28日は、10時に本会議が開会し、4名の議員が質問に立った。29日も、10時に本会議が開会し、4名の議員が質問に立ち、議案がそれぞれ各常任委員会に審議を付託されて終了した。

 
李 英和(リ・ヨンファ)氏講演 三津浜婦人会の皆さんと伊方原発にて 向かって左から伊方原発1・2・3号機
▲李 英和(リ・ヨンファ)氏講演  

▲三津浜婦人会の皆さんと伊方原発にて
▲向かって左から伊方原発1・2・3号機
伊方原発タービン 青年海外協力隊平成22年 愛媛県青年協力協力大使委嘱
▲伊方原発タービン 

▲青年海外協力隊平成22年度1次隊知事表敬
▲愛媛県青年海外協力大使委嘱
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活動報告/平成22年5月

 1日は、二之丸史跡庭園で開催中の「山草展」を鑑賞した。この「山草展」は、私が二之丸史跡庭園に勤務時代に山草協会会長にお願いし誘致した事業であり非常に評判もよく、今日まで続いている事業であり毎年、春と秋に行われている。
2日は、挨拶回り。ゴールデンウィークに入っているので留守が多いかと思ったがそうでもなくてよかった。不景気の影響か外出を控えているのかもしれない。
3日(憲法記念日)の憲法講演会では、元自衛官(陸将)の重松恵三日本会議愛媛県本部会長が「防衛の現実と憲法」と題して熱のこもった講演を行った。
現行憲法の問題点やその成り立ちを歯切れのいい論調で訴えた。また、米国が行った占領政策は、日本の歴史、文化、教育といったあらゆるものを長期間をかけて破壊し、日本国民を骨抜きにする政策であったと批判した。
さらには、日本の防衛政策を国際比較し、いかに日本の国防・安全保障が危機に立たされているかを説いた。
現在、普天間問題が混迷を極めているが、憲法で自主防衛さえ否定している今、日本の防衛は、日米安全保障条約により、米国に頼らざるを得ないことは明白である。日本が真に自主防衛ができる国に生まれ変わった後にのみアメリカ軍の日本における縮小、撤退が行われるべきものであると考える。
4日は、地元三津、高浜を中心に挨拶周り。
5日は、恒例のえひめ万葉祭の神事が愛媛縣護國神社行で行われ、併せて舞「額田王」や武道「神道夢想流杖術」が奉納され、大津寄章三先生による講演会「朝鮮半島と松山」も行われた。
6日は、昼間に挨拶回り。夜は、松山城東ライオンズクラブ理事会に出席。
7日は、午前中に自民党松山支連常任総務会・議員団総会が行われた。夜は、愛媛県異業種交流会の事務局メンバーとの懇親会。
8日は、アトムグループが中心で行っている第2回野点まつり in 東温に出席、アトムグループ社員や地元の小学生やグループによるアトラクションを鑑賞し、餅まきにも参加させていただいた。地元東温市の高須賀市長や市議会議員も多数出席していた。
9日は、崇教真光周年祭に出席し、午後は懇親会も開催された。愛媛中修験道場の中田道場長をはじめ役員、幹部の方々と懇親会を持った。
10日は、挨拶回り。夜には森盛会役員会・総会と5月例会に出席。
11日の午前中は、三津浜婦人会支部長会にお邪魔させていただき、お礼を述べる。
夜には、初めて新会派結成の会合を持った。新会派の名称や目指すべき政策等について意見集約を図った。
12日は、朝一番に議会控室に行き自民党議員団川本会長に自民党議員団からの会派退会届けを提出した。夜には、松山卓球協会常任理事会に出席し、今年度の体制や重要な退会について協議した。
13日は、午前9時に集合し新会派の届出を行い、新会派名を松山維新の会とすることを発表。13名全員で記者会見にも臨んだ。道州制を推進し四国州都を目指す・議員定数の削減・西条工水の分水推進等の政策を発表した。
午後には、今治市で開催の愛媛平成市議の会平成22年度総会・第28回研修会に出席し、国体に向けた愛媛県の取組みや、スポーツを通したまちづくりに関する各市の取組みの発表があった。
14日は、今治城と朝倉タオル美術館の視察を行った。午後には、松山に戻り夜、温山会・松温会総会に出席した。毎年、卓球部OB会の席を作ってもらっているが、今年は卓球部OBの新人も多数出席しておりにぎやかであった。
15日は、都市企業委員会副委員長として所管の石手川緑地「都市の森エリア」完成式に出席した。詳細は委員会報告のページで述べる。
16日は、健全な男女共同参画社会をめざす会第9回講演会に出席した。エドワーズ・博美氏が「夫婦別姓法案に断固反対」の立場で、その問題点を正した。
19日は、平成22年度第1回日本会議愛媛県本部運営委員会議を開催。6月の総会に向けての審議内容について討論を行った。
20日は、自民党松山支連常任総務会に出席。党紀委員会を開き19日付で党役職停止、離党勧告を行を行うこととし文書で通知したとのこと。内容を見ていないので送付した文書のコピーをもらい自民党県連に報告に向かう。県連の見解は、反党行為や党則違反では、ないという見解であった。松山支連のみが処分を望んでいるだけである。過去には県連や松山市においても一党一派ではなく自民党も議会において会派が分かれていたことがあり
今回の処分内容は理解に苦しむ。
22日は、同じライオンズクラブメンバーが勤務する河田脳神経外科病院のはなまつりに参加。介護施設等の利用者の方々や関係者で大いに盛り上がった。
 午後は、椿神社において神道政治連盟による全国比例区選出の山谷えり子参議院議員を支援する会に出席。愛媛選挙区選出の山本順三参議院議員も出席しアピールをした。
ライオンズクラブ1R合同引継会及びゾーンレベル会員委員会が開催され現、次役員が出席した。次期幹事となる予定のため私も出席した。
23日は、午前中に世界平和連合愛媛県連合会による世界の平和と日本の未来を拓く愛媛大会が開催された。世界平和連合会長梶栗玄太郎氏が講演を行った。日本と韓国を結ぶ日韓トンネルの建設推進を熱心に話された。午後は、中村市長と橋下知事の対談「地方の時代を熱く語ろう!」を聞き、その後中村市長、橋下知事を囲んで松山維新の会と1時間ほど意見交換会を行った。
25日は、議員全員協議会が行われた。詳細は、議会報告のページで述べる。
26日は、6月2日に向けての人事案に対する対策会議を実施。夜には、西原進平議長のお祝い会に出席。
27日も松山維新の会の会議。
29日は、午前中に松山・平澤友好協会平成22年度定期総会に出席。午後は、松山維新の会の昼食をとりながらの会議。
30日は、三津浜地区まちづくり協議会設立総会が開催され松山市で6番目となる協議会が地域住民約400名の出席のもとスタートした。三津浜中学校水軍太鼓部の演奏、小学生のまち紹介、市長の祝辞の後、役員案、事業計画、予算案が審議され可決された。その後、三津浜中学校吹奏楽部の記念演奏やシンボルマークの紹介、三津浜音頭も披露された。今後は、一部松山市から財源や権限を委譲され住民自治を推し進めるため、地域が自主的に地域のまちづくりや課題を提案、解決をして行くこととなる。
午後には、日本の未来を考える集いに出席し夫婦別姓や外国人参政権、全国統一学力テスト等に関し意見交換を行った。

31日は、今月2回目となる献血活動にライオンズクラブのメンバーとして協力。松前町の愛媛県警察学校で警察官の卵たちから貴重な献血をいただいた。この中には、今年警察学校を卒業し交番のお巡りさんになっているいとこの子どももいた。
 
松山城東ライ雨の中城山公園から二之丸、松山城を望む 重松恵三会長講演 舞「額田王」の奉納
▲雨の中城山公園から二之丸、松山城を望む  

▲重松恵三会長講演
▲舞「額田王」の奉納
武道「神道夢想流杖術」の奉納 大津寄章三氏講演 平成市議の会藤田前会長
▲武道「神道夢想流杖術」の奉納  

▲大津寄章三氏講演
▲平成市議の会藤田前会長

平成市議の会兵頭新会長 今治城天守閣 今治城黒鉄門
▲平成市議の会兵頭新会長  

▲今治城天守閣

▲今治城黒鉄門
今治城天守閣から亀老山を望む 今治城天守閣から国際ホテルを望む 朝倉タオル美術館工場内
▲今治城天守閣から亀老山を望む  

▲今治城天守閣から国際ホテルを望む
▲朝倉タオル美術館工場内
朝倉タオル美術館の庭園 エドワーズ・博美氏講演 「はな祭り」でのよさこい踊り
▲朝倉タオル美術館の庭園  

▲エドワーズ・博美氏講演

▲「はな祭り」でのよさこい踊り

世界平和連合 梶栗玄太郎会長の講演 中村市長、橋下知事対談 中村市長、橋下知事と
▲世界平和連合 梶栗玄太郎会長の講演  

▲中村市長、橋下知事対談
▲中村市長、橋下知事と
三津浜小学生のまち紹介 中村市長挨拶 三津浜音頭の披露
▲三津浜小学生のまち紹介

▲中村市長挨拶
▲三津浜音頭の披露
三津浜音頭の踊り@ 三津浜音頭の踊りA  
▲三津浜音頭の踊り@  

▲三津浜音頭の踊りA

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活動報告/平成22年4月

 1日、2日は、挨拶回りをし、2日の夜は、樹庭での松山市中央倫理法人会のお花見に出席した。例年、他の行事と重なり今回が初参加となった。会長が気を使っていただいて乾杯の音頭を取らせていただいた。
3日は、午前中に松山大学大学院・大学の、夜は松山短期大学の入学宣誓式にそれぞれ出席した。その合間を縫って道後公園でのナガノのお花見と隊友会有志による松山城山頂でのお花見にも出席した。またこの日は、午後から城山公園堀之内地区第1期整備完成記念式典が行われ、それを記念して流鏑馬が行われた。都市企業委員会の所管事業であるため来賓として出席をした。詳しくは、委員会報告で述べる。
さらには、三津厳島神社で行われた平成船手組のお花見にも遅れてではあるが参加した。本当に忙しい1日であった。
4日は、第17回仙波光杯卓球大会の開会式に出席、すぐに堀之内公園で行われているリサイクルマーケットに行った。松山城東ライオンズも出店しておりチャリティーバザーの手伝いをした。お城まつりの一環である二之丸史跡庭園の春のよそおい展にも行ってきた。午後からは、東温市坂本地区のお花見に出席し身内や知人が所属している心参太鼓の演奏も聞いた。また、オープン5周年を迎えた坊っちゃん劇場の新作お披露目公演「正岡子規」を鑑賞し、夜にはハーモニーグリーンのお花見にも出席した。この花見には私の外、市議会議員が3人も来ていた。市議選の前哨戦であった。
5日は、挨拶回りの後、愛媛平成市議の会幹事会に出席し今年度の総会の件や新役員案、研修会について話し合いを持った。その後、遅れてではあるが青年海外協力隊「体験談&説明会」にも駆けつけた。
6日、7日は、挨拶回りに費やした。
8日は、三津浜小学校の入学式に出席。新入生は本当にかわいらしい。元気で健やかに成長して欲しい。午後は、挨拶回りである。
9日は、三津浜中学校の入学式に出席。1年生はういういしい。礼儀正しい思いやりのある若者に成長して欲しい。午後に事務長が夫婦で帰松のため、空港へ出迎えに行く。
10日は、愛媛懸護國神社春季慰霊大祭と直会に出席し、午後には恒例の北朝鮮による拉致問題を考える愛媛県民会議(救う会愛媛)の街頭署名活動にも参加した。
11日は、県卓球協会理事会に出席した後、後援会長と挨拶回りを行った。
12日は、北朝鮮による拉致問題を考える愛媛県民会議(救う会愛媛)役員会に出席し、事業報告、決算と事業計画、予算案等について審議を行った。
13日は、挨拶回り。夜には温山会松山支部役員会で幹事に選出され、引き続いて行われた松温会陽春例会で旧交を温めた。
14日は、挨拶回り。
15日は、挨拶回りと午後からは日本会議キャラバン隊の街頭活動に参加し、永住外国人への地方参政権付与法案と選択制夫婦別姓法案に反対するアピールを行った。短い時間であったが市駅前坊っちゃん広場でマイクを握り街頭演説を行った。
16日と17日も挨拶回り、17日は、告示前日でもあり特に親戚に集まってもらい最終のお願いと状況について説明した。
18日には松山市議会議員選挙が告示され地元三津厳島神社で必勝祈願をし、午前10時から出陣式を行い、1週間の選挙戦の火蓋を切った。そして25日に投開票が行われ、私も三津浜小学校体育館の投票所で投票を済ませた。それから1日が長かったが、夜中に結果が判明し2度目の当選をさせていただいた。前回の32番目から30番に順位は上がったが得票は278票減少し、3,624であった。ただただ当選させていただいたことに本当に感謝、感謝である。
当選後は、毎日挨拶周りをしながら26日は、愛媛県青年海外協力隊を育てる会運営委員会に出席。
28日は、松山城東ライオンズクラブ第2例会に出席し、早退をし内外ニュース4月懇談会にも出席した。
29日は、愛媛県卓球協会第1回常任理事会に出席し、午後から松山島博覧会オープニングイベント「くつな島まごころ特選市場」に行き、釣島、中島等からの出店で食事や買い物をした。また三津からも知り合いが多く出店していた。その後、夕方の高速船で叔母夫婦と中島に帰り中島後援会長のお宅に宿泊させて頂いた。
30日は、朝から中島で御世話になった方々に挨拶回りとまさに4月は選挙一色であった。本当に4年に一度のこととは言え大変多忙で疲れた。
改めて2期目の選挙の厳しさを痛感した。もうすでに3期目に向けての戦いが始まっているわけで、とにかく今後の4年間も初心を忘れることなく突っ走るつもりである。

 
松山城東ライオンズクラブチャリティー 東温市西岡地区での心参太鼓
▲松山城東ライオンズクラブチャリティー 

▲東温市西岡地区での心参太鼓
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