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活動報告

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平成21年度の活動

活動報告/平成22年3月

1日は、地元三津浜厚生センターにおいて『坂の上の雲』のまちづくり早わかり講座が行われ中村時広市長が講演を行った。司馬遼太郎氏の小説「坂の上の雲」を使用した『坂の上の雲』のまちづくりが如何にして始まったかやNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」のエピソード等について詳しく説明がなされた。
2日は、早朝に企業の朝礼にお邪魔し、午後は、地元三津浜等をあいさつ回り。
3日も、前日に引き続き午後から地元三津浜をあいさつ回り。
4日は、午前中は、市議会本会議で代表質問が行われ、午後から地元三津浜をあいさつ回り。
5日も午前中は、市議会本会議で代表質問が行われ、午後からは、日本会議愛媛県本部実務者会議に出席した。
6日、7日の両日は、悪天候と荒波の中、高速船で中島本島に戻りあいさつ回りをした。2日間、市議会本会議で主だったところを回ることができ、支援者の方々に感謝の気持ちで一杯である。
8日は、市議会本会議で6回目となる一般質問を行った。質問及び答弁内容は、議会報告に全文を掲載。午後は、毎年恒例の伊予つばき協会の二之丸つばき展を鑑賞。
10日は、地元三津浜をあいさつ回り。
11日も地元三津浜等をあいさつ回り。
12日も地元三津浜等をあいさつ回り。
13日には、午前中に三津浜少年サッカークラブ閉開校式で挨拶、午後に市駅前で毎月恒例の北朝鮮による拉致被害者を救出するための署名活動を行った。終了後には、城山公園(堀之内公園)で行われた。みんなでつくる「だ〜いすき公園事業」寄附事業記念式典に出席した。「だ〜いすき公園事業」寄附事業記念式典の詳細は、委員会報告で述べる。
14日には、チャンネル桜を支える会愛媛県支部の第1回講演会が開催され、「魂の復活としての歴史の回復」という演題で元衆議院議員の西村眞吾氏が講演を行った。主に小説「坂の上の雲」の頃の明治時代から昭和にかけての歴史と日本人の魂である大和魂について歯切れのいい話を聞いた。国や国民にとって歴史は非常に大切である。戦後教育は、本当の意味での歴史教育をおろそかにしていたんではないかと思う。非常に残念である。
15日には、9日の本会議で都市企業員会に付託された議案等について委員会が開催され審議が行われた。詳細は、委員会報告のページで述べる。
午後は、地元三津浜をあいさつ回り。また、夜には都市企業員会所管で3月末に退職する課長級以上の幹部職員の送別会を行った。当委員会所管の部局の退職者は、全部長3名の他、企画官、課長等、最後の団塊の世代と言われるとおり多数の幹部が退職した。
16日は、午前中は、青年海外協力隊平成21年度4次隊愛媛県知事表敬に同行した。今回は女性2名が、愛媛県からバングラデシュとエルサルバドルへ派遣される。
午後は、地元町内会をあいさつ回り。
夜は、両隊員の壮行会を行った。2年間元気で充実した活動をしてきてもらいた。
17日は、午前中に三津浜中学校の卒業式に出席、午後からは内外ニュース3月懇談会に出席した。内外ニュース専務取締役 那部吉正氏が「どうなる鳩山政権 ―動くか政界再編」と題し講演を行った。鳩山政権の問題点と政界再編について詳しく述べられた。政権の終わりは近いが、政界再編は、7月予定の参議院議員選挙の結果次第だろうということであった。全く同感である。
18日は、本会議最終日、定刻から議会が開会された。夜には、恒例の市長、副市長、部長等と市議会議員との市政懇談会に出席。
19日は、午前中は、ひめぎんホールで開催された平成21年度松山大学院・大学・学位記・卒業証書授与式に出席。今回は100回記念ということもあり第100回松山植木まつり記念式典も行われたが松山大学の式典と重なったため、出席はできなかったが、松山植木まつりを視察した。
午後は、地元三津浜等をあいさつ回り。
20日は、自由民主党愛媛県支部第54回県連大会に出席。県連の新役員が決定され、来る7月に行われる参議院議員選挙での選対本部等が確定した。
夜には4年ぶりとなる松山大学卓球部OB会総会が開催され現役学生も含め38名が出席した。なつかしいメンバーとの語らいは、非常に楽しいものである。
23日は、午前中にマスコミ取材、午後から三津の挨拶回りをした。夜は、県内自治体から出資を受け県民球団となった愛媛マンダリンパーレーツ2010シーズン決起大会が開催され多くの支援者が出席した。
24日は、三津浜小学校卒業式に出席、また松山城東ライオンズクラブ次期役員の指名会に出席し、幹事を引き受けることとなった。午後は、日本会議松山城北支部役員会、夜には、愛媛県青年海外協力隊を育てる会運営委員会にもそれぞれ出席した。
25日は、21世紀研究会で勉強会、夜には、愛媛県倫理法人会女性委員会の2010年女性塾“縁”中予地区講演会に出席した。
26日は、先輩のお誘いで今年初の花見に参加した。本当に気温が低く寒くてたまらなかっが、道後公園の桜の標準木の元での花見は、格別であった。
27日は、「三津の朝市」拡大イベントで午前8時から平成船手組のメンバーとして餅つきのボランティアをし、三津浜地区保護司会として社会を明るくする運動にも参加した。その合間をぬって小富士保育園卒園式に出席、さらには、2隻のうち1隻が新造された『三津の渡し』の新造船「こぶかり丸」(定員13名船長含む)就航式が行われた。船名の由来は、就航中の「すさき丸」は、昔の地名である「洲崎(現在の三津)の渡し」から、新造船は「古深里(現在の港山)の渡し」から命名されたものである。またその後、「ぶらり、三津浜レトロ」でグルメ散策やスタンプラリー等の運営にも参加した。天気がよく風もない穏やかな天気で、多くの市民が三津浜を訪れた。こういう事業の積み重ねにより三津浜のよさ、歴史等を情報発信し、地域の活性化に繋げたい。イベントの途中には、山東昭子参議院副議長の来県に伴い、萬翠荘と坂の上の雲ミュージアムにも同行した。この日は、早朝からから夕方まで多くのイベントに顔を出し本当に多忙であった。
29日は、企業の朝礼や椿神社崇敬者大祭・記念講演会・直会にも出席した。
30日は、「愛媛県・バッタンバン州友好交流協会」設立記念パーティーに出席。この協会は、カンボジア王国で長年にわたり地雷処理活動に尽力されてきた愛媛県出身の高山良二氏の活動に対し賛同、協力してきた方々が、その多年にわたる支援の証として、また将来のさらなる愛媛県とカンボジア王国バッタンバン州との相互理解と友好・親善の促進の仲介に資するべく設立した団体である。
31日は、自民党松山支部連合会三津浜校区支部総会に出席。昼食を挟んで地域の課題等について意見交換を行った。
夜は、松前町長白石勝也氏が知事表彰を受賞したことから、愛媛異業種交流会がそれを記念し白石勝也氏を招いた勉強会を開催した。私も会員として出席した。

 
   
   
三津浜少年サッカークラブ閉開校式 西村 眞吾講演会 第100回松山植木まつり
▲三津浜少年サッカークラブ閉開校式
▲西村 眞吾講演会 ▲第100回松山植木まつり
平成船手組のじゃこてん販売 社会を明るくする運動 三津の渡し新造船「こぶかり丸」三津の渡し新造船「こぶかり丸」
▲平成船手組のじゃこてん販売 ▲社会を明るくする運動
▲三津の渡し新造船「こぶかり丸」
青年青年海外協力隊知事表敬  
▲青年海外協力隊知事表敬
   
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活動報告/平成22年2月

2月2日に愛媛県議会の会議室において県下から県議、市議、町議が参加し第10回県政勉強会が開催された。講師は、日本大学の百地章教授で内容は、永住外国人への地方参政権付与法案の問題点を追及するものであった。それに先立ち先生の知事表敬に同行し加戸知事からも反対の署名をいただいた。
昨年12月議会で我々松山市議会は、この法律に対し反対決議を行った。民主党、公明党、共産党が党として賛成している以上、この法案が国会に提出されればまちがいなく可決されるであろう。そうなってからでは、取り返しのつかないことになるだろう。地方はもっと声を上げ断固この法案を阻止しなければならない。この法案に賛成する人は、人権問題であるという言い方をしているがまったくの言いがかりであり、参政権が必要ならば、帰化をして日本国籍を取得するべきである。
 5日は、毎年恒例の松山市役所西高会の総会が開催された。現在に松山市役所には、松山西高校の卒業生が約140名おり、そのうち約70名が出席した。1期生は、私も含め5名中4名が出席した。本当に心強い。
 6日は、松山西高卓球部OB会を開催してもらった。私を励ます会であり後輩の皆さんに感謝感謝である。
10日は、三津浜婦人会支部長会でご挨拶をさせてもらい、聖路加国際大学の日野原重明理事長の講演を聞いた。95歳にして1時間以上立ち続けての講演は見事であり本当にお元気でありパワーをいただいた。氏が提唱する「元気に老いる」ことを目的とする「新老人の会」の四国での普及拡大を進めていくそうである。
 11日の建国記念日には、建国記念の日奉祝愛媛県中央大会が開催され旧皇族で明治天皇の玄孫である慶応義塾大学講師の竹田恒泰氏が「奇蹟の国・日本」と題し講演を行った。現在まで続いてきた天皇と国民の絆は、世界に類を見ない奇蹟的で最高の形であると語った。大会決議も行われ、永住外国人への地方参政権付与法案と夫婦別姓法案に反対する決議文が披露された。夜には氏を囲んで懇親会も行われた。
 この日は、山本順三参議院議員を励ます会も実施され安倍晋三元総理が講演を行い、その後懇親会が行われた。完全な政治資金パーティーであった。その中で安倍元総理や塩崎元官房長官とも記念撮影をしていただいた。町村信孝衆議院議員等も出席され、華やかなパーティーであった。
12日は、3月議会の予算折衝が行われた。折衝といってもほとんど理事者側の提案を聞くだけである。
14日は、松山市消防出初式に出席。各地区の消防団の入場行進や消防士の訓練、中島地区消防団の梯子を使った演技等を見学した。昨年まで砥部の県運動公園で実施されていたが、今年は、堀之内公園が整備されたことから旧市営球場跡で行われた。
15日は、朝から自宅事務所の一部改装を行った。24日の事務所開きに向け臨時電話の工事や机等を配置し、拠点は整った。
16日は、都市企業委員会が開催された。議会閉会中の調査・研究課題である「都市計画マスタープラン」に関する最終の委員会である。24日の議会開会日に委員長より報告がなされた。詳細は委員会報告のページで述べる。
委員会終了後は、事務所開きの際の市長メッセージの録画撮りをさせていただき、記念撮影も行った。ありがたいことである。
17日は、午前中に議員全員協議会が実施され、議員の兼業自粛について最終案が報告され了承された。公人として市民から疑念を持たれることのないよう襟をたださなければならない。午後は、3月議会の提案説明が理財部より行われた。内容は12日に行われた予算折衝と同じである。終了後には、党常任総務会が実施され、次期市議選での公認申請が行われた。
18日は、ライオンズクラブ336−A地区1R−2Z合同例会が盛大に開催された。
19日は、衆議院議員の塩崎恭久先生と三津浜焼(お好み焼き)を食べに家の近くのお好み焼屋に行った。
20日は、午前中にまつやま農林水産まつりに行き、出店している知り合いを訪ねた。午後には愛媛県隊友会中予地区のカラオケ大会に参加し、自衛隊OBの方々等と交流を深めた。
22日は、午前中に松山市保護司会の防犯予防活動部会に出席し、今年の「明るい社会をつくる運動」に関する活動について意見交換を行った。夕方には、椿神社で拉致議連による拉致啓発活動に参加し署名や募金の協力を依頼し、その後椿神社の後宮祭と直会にも出席した。
23日は、埼玉より事務長が来松し、24日の事務所開きの打ち合わせ。夕方には坊っちゃんカップ第3回道後温泉卓球大会の前夜祭に参加。
24日は、3月議会が開会した。詳細は議会報告で述べる。議会終了後には、議会の屋上で市長、副市長と議員全員の記念撮影を行い、その後4月の市議選に向けマスコミ各社による写真撮影が行われた。通常は期数の古い議員から行うのであるが午後1時30分の事務所開きに間に合うように2番目に撮影してもらった。ありがたいことである。
25日には、事務長が離松。次は4月になっての来松である。それまで気を引き締めて頑張らなければならない。
27日は、午前中に三津浜支所の建て替えの説明会、午後からは、さくら会の総会に出席した。
28日は、愛媛県隊友会主催の講演会「海の武士道」が行われた。講師は元海上自衛官で作家としても活躍中の恵 隆之介氏であった。大東亜戦争開戦時の1942年3月1日に日本海軍駆逐艦「雷(いかづち)」の工藤艦長がとった英国海軍巡洋艦と駆逐艦の乗組員422名の救出劇をDVDを交え話された。涙する人もいた。旧日本軍は、悪逆非道を働いたということだけをことさら大きく取り上げる一部のマスコミや子どもたちに刷り込み教育を行う日教組等、一度こういうことをまともに取り上げ戦後60年を過ぎた今自虐的なことだけではない、未来志向の報道や教育をしてもらいたいものである。

 
中核市市長会会長細江茂光岐阜市長   愛媛県青年海外協力大使委嘱式   元内閣官房副長官石原信夫氏の基調講演
▲百地章教授   ▲建国記念の日奉祝愛媛県中央大会
  ▲旧皇族・竹田恒泰氏講演
子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特 子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特 元内閣官房副長官石原信夫氏の基調講演
▲安倍元総理・塩崎元官房長官と
▲松山消防出初式 ▲松山消防出初式2
中核市市長会会長細江茂光岐阜市長 愛媛県青年海外協力大使委嘱式 元内閣官房副長官石原信夫氏の基調講演
▲松山消防出初式3 ▲松山消防出初式4
▲市長より激励を受ける
子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特 子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特  
▲市長・後援会幹部
▲恵 隆之介氏講演  
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活動報告/平成22年1月

元日は例年通り、地元の三津厳島神社に初詣に行きお参り後、初詣に来ていただいた参拝客の方々に午前零時から約1時間ほど、氏子総代がお神酒(白酒)をふるまうのを手伝った。年に一度のこととは言え厳しい寒さの中、かじかむ手でお神酒をついで行くが本当に大変なことである。氏子総代の皆さん方には、駐車場警備も含め寒風の中、本当に頭が下がります。お疲れ様です。今年1年が皆さんにとって良い年になりますように。
2日も恒例となっている(株)コーノの新春餅つきに参加し、来店客につきたての餅を手渡した。不況で小売業も本当に厳しいが今年は、昨年よりは良くなってもらいたいものである。
3日は、三津浜少年サッカークラブの初蹴りが三津浜小学校であり、顧問として挨拶に行ってきた。寒空の中、子供たちは本当に元気でこちらが元気をもらった。
4日からは、いよいよ仕事始めである。松山市の年賀交歓会と愛媛県の年賀交歓会に出席した。例年と変わらず多くの方々が出席していた。昨年のスペシャルドラマ「坂の上の雲」を起爆剤に松山市が活性化し多くの観光客が松山を訪れその影響が他の市町にも波及し愛媛全体が元気になってほしいものである。
5日は、三津朝市の初競りが行われたので、初めて行ってきた。年の初めにふさわしい活気みなぎる掛け声に気持ちがシャキッとした。
6日は、今年最初の松山市中央倫理法人会のモーニングセミナーで会員スピーチを行い、今年の目標を述べた。もちろん4月の松山市議会議員選挙の必勝を誓った。
10日は、地域の成人式と新年恒例の恵美須神社の初えびすに出席し神社では餅まきも行った。成人式は、少子化を反映して人数も少なく我々の頃と比べると非常にこじんまりとしている印象である。
11日は、12日に77歳を迎える母の喜寿祝いを兄弟姉妹や甥姪と道後のホテルで行った。久しぶりに親孝行できたかなと思う。
16日は松山市議会開設120周年記念事業が松山市総合コミュニティセンターで開催された。議長、市長の挨拶後、現職の市議会議員一人一人が紹介され、旧松山、旧北条、旧中島町の議員OB161名が功労表彰を受けた。記念講演会では、毎日新聞社特別編集委員の岸井成格氏が「地域主権時代の市民の役割」という演題で記念講演を行った。非常に興味深い話であった。この模様は、現在愛媛CATVで放送されている。
20日の議員団総会では、議員の兼業禁止問題について話し合いが行われ平成2年に決議された内容が後退することがないようにということと計算方法の統一見解を確認した。後日の代表者会議で決定され、マスコミにも発表された。
1月は不幸事が多く知人の家族や身内の葬儀が5件もあり大変であった。その中でも大阪堺市のいとこの病死は非常に哀しかった。私よりも若くまだまだこれからの人間であったのに本当に残念でたまらない。21日の夕方の会合の後夜行バスで堺市に向かう。早朝6時半に葬儀会場に到着し、葬儀に参列した。22日は、また夜の会合のため夕方の飛行機で帰松した。4月の選挙のこともありどうしても会合を欠席することができず強行軍であった。
23日は、支連会長、幹事長が党大会で表彰を受けるため上京したために、代理で総務会長とともに県連支部代表者会議に出席した。
24日は、前航空幕僚長の田母神俊雄氏の講演会のスタッフの一員として活動し、夜には氏を囲んでの懇親会を持った。
26日は、明星大学高橋司郎先生の松山市長表敬に同行し氏の講演の後、キャスターの櫻井よしこ氏の講演と立て続けに著名人の話を聞く機会に恵まれた。安全保障、防衛問題や教育問題など3者とも本当に国を愛しこの国の行方を案じ、何とか立て直そうとする熱い思いが伝わってきた。本当に考えさせられる講演会であった。
28日は、今治市で行われた保護司の研修会で発達障害についての研修を受けた後、松山に戻り三津浜地区まちづくり協議会準備会に出席した。冒頭三津支所の建て替え計画と三津の渡し船の新造船の説明があった。協議会の準備会も2月と3月を残すのみとなり、4月からはいよいよ正式に協議会が発足することになる。
31日も地元三津浜の子ども餅つきに参加し餅つきを手伝った。杵と臼でつく餅は非常においしい。ぜんざいも御馳走になり、つきたての餅は小学生と一緒に餅まきをしてみんなにプレゼントした。雨にも関わらず大勢の子どもや保護者も参加しにぎやかであった。

 
中核市市長会会長細江茂光岐阜市長   愛媛県青年海外協力大使委嘱式   元内閣官房副長官石原信夫氏の基調講演
▲三津浜少年サッカークラブ初蹴り   ▲松山市年賀交換会
  ▲三津朝市初せり
子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特 子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特  
▲功労表彰を受けた市議会議員OB等の代表
▲田母神俊雄講演会  
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若江 進便り/平成22年1月

 旧年中は、大変お世話になりました。本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。早いもので、皆様のご支援により松山市議会議員に初当選させていただいてから四年の月日が経過しようとしております。前回は、青年海外協力隊の先輩であります元瀬戸町長の井上善一氏に後援会長をお願いし、勝利することが出来ました。今回は、地理的なこともあり市役所卓球部の先輩であります本郷照國氏に後援会長を、地元の松山港まつり復興会会長河野隆幸氏に後援会副会長をお引き受けいただきました。また井上善一氏には、相談役を、さらには事務長代理役として同級生の織川洋氏に事務次長をお願いし、選対本部長は、前回同様に川又豊茂氏の体制で来る四月の松山市議選に臨むことといたしました。私自身は、初心を忘れることなく松山市政の様々な諸課題や困難に挑戦し、よりよい改革に取り組んで参ります。
最も難しく厳しいと言われます二度目の市議選に勝利できますよう皆様方の前回以上の協力なご支援、ご協力、応援を何とぞよろしくお願いいたします。
 本年が皆様方にとりまして、すばらしい一年になりますよう心よりお祈り申し上げます。

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活動報告/平成21年12月

1日から9月議会で議決された「松山市歩きたばこ等の防止に関する条例」がスタートした。松山市駅前、松山城・堀之内公園周辺、JR松山駅前、銀天街、大街道、ロープウェー街周辺、道後温泉本館周辺の7箇所において指定された場所を除き、たばこを吸う行為や火の付いたたばこを持つ行為が禁止されるものであり、その啓発のためのパレードに参加し、三越前から坊ちゃん広場まで人どおりは、まばらであったが啓発用チラシとティッシュを配布しながら歩いた。この条例には、罰則規定はないが、11月29日から始まったドラマ「坂の上の雲」による観光客の増加も見込まれることから市民のさらなるマナー向上が大切である。
3日には、12月議会が開会した。議会開会中は、新聞報道にもあったように、議員の兼業による公共事業の受注額について申し合わせに関し、数回にわたって党としての方針を決定するために常任総務会を持った。松山市の現在の計算方法では40%枠の申し合わせに反していないことから今回は議会として特別な対応を取らなかったが、今が来年1月末までに新たな取り決めを行うこととなった。その他の議会の詳細は、議会報告で述べる。
5日は、松山市総合コミュニティーセンターで人権フェスティバル2009が開催され人権標語などの入賞者の表彰や講演会があった。講演会では時代劇「水戸黄門」のうっかり八兵衛役でおなじみの高橋元太郎氏が「あたりまえの心が大切」という演題で講演した。何千年、何百年前から変わらない当り前のことが大切で、社会や環境が変わったからと言って人としての当たり前のことをなくしてはならないと話した。全く、そのとおりであると思った。会場では、各種団体の作品展示販売も行われており、知り合いの障害者支援作業所「いろえんぴつ」のクッキーを購入した。
6日は、松山大学市民フォーラム2009に出席し京都大学名誉教授 池上 惇氏の講演「日本経済の再生と企業文化の創造的再生」を聞き、その後の5人のパネラーによるシンポジウムにも参加した。松山市の岡本副市長もパネラーとして出席しており今後、日本経済の再生にどう取り組めばいいのか様々な有識者の意見を聞いた。
9日と10日は、議会終了後に大街道献血ルームにおいて献血の啓発活動のボランティアを行った。近年、血液不足の解消にも貢献したいと思う。
12日は、拉致問題をアピールするためのミニパレードに参加し、坊ちゃん広場から大街道一番町口まで啓発用チラシを配布しながら更新した。また、その後特定失踪者家族と国会議員の意見交換会にも出席し家族の思いを痛感した。
13日は、いのちの教育講演会、14日は、年末恒例の愛媛県出身青年海外協力隊員にカレンダーを発送した。
19日は、第9回県政勉強会に出席し、山本順三参議院議員の国政報告会と県土木部長から最近の県土木行政について説明があり、新政権誕生による県公共事業と県内企業への影響についての説明を聞いた。近年の公共事業は平成7年の30%にまで激減し県内の建築・土木業者は疲弊し倒産、廃業が相次いでいるが、今後も続くと予想。他の業界への影響も懸念され県内経済は、ますます厳しさを増すことであろう。
21日と22日は、青年海外協力隊平成21年度3次隊隊員の松山市長、県知事表敬に同行し激励した。2年間充実した活動をし元気で頑張ってきてほしい。夜には、協力隊OB会主催の壮行会を行い出発予定の隊員を送り出した。
23日の天皇誕生日には、天皇陛下のお誕生日をお祝いする集いで福岡県の高校日本史の占部先生の講演を聞いた。
26日は、政府新型インフルエンザ対策委員長尾身茂自治医科大学教授の講演「感染のプロ『世界の中の日本』を語る」に出席した。日本のワクチンのほとんどが輸入であるが、国内企業が作らなくなった原因は、本当にまれに起こる副作用を大きく取り上げたために予防接種による需要が減少したため企業がワクチン生産を縮小し現在の状況が生まれていると述べた。全くその通りで、あると思う。食糧自給率もそうだが、自立した国として自国でまかわなければならないものは、国策として生産量を上げなければと思う。
今年の12月は、忘年会にも数多く出席したが、不景気の影響で昨年に比べ3割ほど回数が減った。ここにも不況の影響が出ている。
年末には、中学卒業と高校卒業以来36年ぶりと33年ぶりに旧友と再会することができた。昔の友達は本当にいいもんである。

 
中核市市長会会長細江茂光岐阜市長   愛媛県青年海外協力大使委嘱式   元内閣官房副長官石原信夫氏の基調講演
▲松山大学市民フォーラム   ▲愛媛県青年海外協力大使委嘱式
  ▲平成21年度3次隊青年海外協力隊知事表敬
子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特    
▲平成21年度3次隊青年海外協力隊市長表敬
   
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活動報告/平成21年12月

 

自民党松山支部連合会 
平成22年度予算編成に関する要望書

【三津浜支部】
継続 重点事項 ・災害に対する三津浜内港(海岸通り)等の防波堤の 整備について (都市整備部)
新規 要望事項 ・道路の早期補修について (都市整備部)
新規 意見等 ・三津浜魚市場周辺の商業地造りについて (農林水産担当部)

【和気支部】
継続 重点事項
(資料添付)
・和気公民館及び和気支所共同使用の駐車場設置について (教育委員会・市民部)

【堀江支部】
新規 重点事項 ・堀江港の今後の対策について(松山、呉)堀江・阿賀フェリーの廃止への対応について (都市整備部)
・堀江新池、親水公園の今後の管理について
・海(ウォーターフロント)の浸水対策について

【日浦支部】
新規 重点事項 ・瀬戸内バス(松山―大三島間)の九川町、東川町、 藤野町、玉谷町での停車の働きかけについて (都市整備部)
新規 要望事項 ・藤野分館、玉谷支館及び米野分館、大井野支館の新築及び支館からの分館への昇館について (市民部)

【久米支部】
新規 重点事項 ・鷹子町388番地、東小野境い道路(開発道路)の 市道化について (都市整備部)
新規 意見等
(資料添付)
・農林土木予算の増額について (理財部・農林水産担当部)

【由良支部】
新規 重点事項
(資料添付)
・由良小学校廃校跡利用(老人総合福祉施設)について (教育委員会・保健福祉部)
・高戸山展望台改修について (都市整備部)
・県道(由良線天理教前)改良工事の働きかけについて
新規 重点事項
(資料添付)
・由良港湾整備事業について (都市整備部)
・海岸整備事業(高潮、浸水対策)について
・市道(北浦31号線)改良工事(約100m)について
・由良町北浦農道(オニレ)工事について (産業経済)
新規 意見等 ・重点事項・要望事項の早期実現 (理財部・各担当部)
・過疎化・高齢化対策について (保健福祉部)


【堀江支部】
新規 重点事項 ・泊小学校廃校跡利用について (教育委員会)
・農業後継者問題対策ついて (農林水産担当部)
・泊、高浜間のフェリーの安定運航について (都市整備部)
・後期高齢者問題対策について (保健福祉部)
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活動報告/平成21年11月

2日は、自民党県連主催の中予ブロック「市町知事陳情」があった。それに先がけ政調・組織対策合同会議が実施され国会議員、県議会議員、市議会議員、町議会議員、各支部代表者が、党再生や党員確保、来年の参議院議員選挙等に対する意見を述べた。党再生、来年の参議院議員選挙は、相当厳しいなと感じた。午後からは、市長、議長、党執行部、北条支部役員、中島支部役員等から知事に対し来年度予算に対する要望を行った。
市長からは松山市の重要要望として
○「松山市中心市街地活性化に伴う「まち更新」に対する支援について」
○「心身障害者扶養共済事業における掛金補助の継続について」
○「愛媛地方税滞納整理機構の運営に係る支援強化について」
自民党松山支部からは、
○「松山外環状道路(地域高規格道路)整備事業について」
自民党北条支部からは、
○「がけ崩れ防災対策事業による支援について」
自民党松山支部からは、
○「県道「中島環状線」における道路改良事業の実施について」
それぞれ提案がなされ、知事はじめ県の担当部長が答弁した。松山支部、中島支部の陳情については、国の政策等と関連があるため国の予算編成を注意深く見ていかなければならないが、ある程度理解は得られた。松山市、北条支部の陳情は、県の財政状況が非常に厳しい中難しい状況である。どちらにせよ、様々な政策に優先順位を付けひとつづつ進めていかなければならない。
3日は、午前中に三津浜中学校の文化祭に行き、水軍太鼓や虎舞、演劇、合唱等を鑑賞した。演劇では、小説「坂の上の雲」をDVD等を使いうまくまとめており感心した。また、我々を含め全員がマスク着用となった。インフルエンザが猛威をふるい学級閉鎖を行っていたことから、PTAによるバザーが中止となるなど、大きな影響が出ている。
午後からは、愛媛県武道館で開催されたダライ・ラマ法王14世の講演「自分を幸せにする行き方」を拝聴した。四国への訪問は初めてということであった。チベット亡命政府の最高指導者として1989年にノーベル平和賞を受賞されており、2008年の米タイム誌の「世界でもっとも影響力のある人100人」第1位にも選ばれている。入場チェックは、金属探知機を使用し、さすがに物々しかったが警察官等の姿は全く見えなかった。もちろん撮影や録音は禁止であった。講演内容は、政治的発言は一切行われず、また、質問も政治的なものはしないようにということで、少し期待していたので残念であった。
5日は、全日空ホテル松山で中核市サミット2009in松山が開催された。全国から23人の市長や議員、行政担当者等が出席した。開会式では、中核市市長会会長(岐阜市長)細江茂光氏、続いて総務省自治行政局長、副知事が来賓挨拶し、開催市市長(松山市長)中村時広が歓迎の挨拶を述べた。また、新しく中核市となり中核市市長会に新規加入した前橋市・大津市・尼崎市の各市長も挨拶した。中核市は、市の面積要件の撤廃から人口30万人以上の市が対象となりこれで全国で41市となった。
基調講演は、(財)地方自治研究機構会長(元官房副長官)石原信雄氏が「地方行政を取り巻く環境の変化と中核市の課題」という演題で
特別講演は、松山市立子規記念博物館名誉館長 天野祐吉氏が「マチを広告する」という演題でそれぞれ行った。
講演終了後は、出席市長がパネリストになり4つの分科会が行われた。
第1分科会「健全な財政運営に向けた取組」
     コーディネーター 鈴木 茂氏 松山大学経済学部教授 
第2分科会「住民主体のまちづくり」
     コーディネーター 藤目節夫氏 愛媛大学法文学部教授
第3分科会「地球温暖化対策への取組み」
     コーディネーター 宮嶋祥式氏 CELCO JAPAN 代表取締役社長
第4分科会「スポーツを通じたまちづくり」
     コーディネーター 久保玄次氏 愛媛大学名誉教授
第4分科会に出席し各市の取り組みや課題等がパナリストの各市長から発表された。どこも似たようなことをしているなと感じた。その中でも松山市の愛媛FC、愛媛マンダリンパイレーツに対する援助等が手厚いなと感じた。私個人としては、これも結構なことではあるが、アマチュアスポーツにもっと力を入れてもらいたいと思っている。
7日は、国際ホテル松山で自民党松山支部連合会校区支部代表者会議が開催された。執行部の一員としては初めての参加であり、10月30日に実施した市長への22年度予算への党要望や知事陳情について政調会長として説明した。
8日は、三津浜小学校の文化祭であったが3日の三津浜中学校文化祭と同様にインフルエンザの影響でPTAによるバザーは中止で全員がマスクを着用していた。バザーがないと来場者も少なくさびしく感じた。しかし子どもたちは、各家庭から拠出された品物の販売を元気に行っていて、とても微笑ましかった。午後からは、松前町の県警察学校で行われた観菊会&ふれあいコンサートに出席した。この会には、私が所属している松山城東ライオンズクラブから岡田小学校へ防犯ブザーを毎年贈呈しておりその関係で今年も出席したが、ここでもインフルエンザの影響で岡田小学校の児童による演奏会は、中止となり愛媛県警察音楽隊の演奏とドリル演奏、交通安全一口教室、警察学校の学生さんによる振り込め詐欺防止寸劇、松前町の交番等のお巡りさんの紹介等が行われた。こうした地道な地域との交流が警察に対する信頼や親しみを促す場となることと思う。
9日は、東温市の坊っちゃん劇場で愛媛県市議会観光振興議員連盟広域観光推進研修会が行われた。午前中に「鶴姫伝説」を観劇し昼食を挟んで午後から観光庁総務課長 加藤隆司氏の講演が行われた。演題は「観光行政について」であった。「鶴姫伝説」は、初演の際に干渉したがその時よりも数段レベルアップしていて見ごたえがあった。講演内容は、現在観光庁が行っている施策や今後の数値目標、各地域での広域連携の必要性と重要性についてであった。目標のハードルが高いため来年度予算は、今年度に比べ4倍要求したという言であったが、ここでも民主党政権による行政刷新会議の事業見直しで予算(案)及び事業実施が困難となるかも知れないという話であった。間違いなく予算は削られ目標達成はできなくなることと思う。
10日は、西予市の米博物館で愛媛平成市議の会の研修会が行われ、高速道路を使い車で西予市に向かった。今回のテーマは『オンリーワンのまとづくり』であった。
西予市長 三好幹二氏の「合併後の西予市のまちづくり」、塔和子詩碑建立実行委員会副委員長 高原嘉信氏の「命いとおしむ塔和子に学ぶ」と題した講演、そして参加各市の代表者による各市の事例発表が行われた。
松山市は、私が以下の内容で事例を発表した。
松山市「オンリーワンのまちづくり」
平成15年に「第5次総合計画基本計画」を策定して以来、『憧れ 誇り 日本一のまち松山』を目指す将来像とし、以下の6つの重点的な取り組みを掲げ、分野・部局横断的なまちづくりに重点的に取り組んできた。
(1)「地球にやさしい日本一のまちづくり」
(2)「お年寄りや障害者にやさしい日本一のまちづくり」
(3)「のびのび教育日本一のまちづくり」
(4)「物語のある観光日本一のまちづくり」
(5)「元気、活力日本一のまちづくり」
(6)「安全、安心日本一のまちづくり」
(1)「地球にやさしい日本一のまちづくり」
・ごみを減らし、資源を有効に利用する
○循環型社会の速やかな形成に向け、市民の協力を得て、7種10分別のごみ分別を推進するとともに、まつやまRe・再来館における家具の競売会や講座等を開催するなど周知徹底に努め、市民1人1日当たりのごみ処理量(焼却・埋立)は、平成18年度で761gとなり、目標を達成しました。また、1人1日当たりのごみ排出量(平成17年度)1,056gは、50万人以上の都市ではトップクラスである。
○「松山のまちをみんなで美しくする条例」を制定するなど、環境美化を推進し、平成16年7月の第29回市民大清掃において、「2時間で69,339人によって121.04tのごみを集めた」として、ギネス記録として認定された。
○日照時間が長いという本市の特性を生かした太陽光発電システムの普及・促進を図り、設置補助件数は、平成18年度末で2,258件と中核市で1位であり、世帯当たりの設置率も全国トップクラスである。
・環境にやさしい公共交通機関などの利用を促進する
○環境にやさしい公共交通の基盤整備に向けて、四国で初めて「松山市オムニバスタウン計画」を策定し、ICカードの導入、バスロケーションシステムの増設、低公害(CNG)バスの導入、ハイグレードバス停の整備、ノンステップバスや低床式路面電車(LRT型)の導入等による公共交通のバリアフリー化、電車・バス総合案内情報システム整備、赤字バス路線や離島航路への運行費補助等を実施するなど、公共交通の利用を促進するとともに、市民の足としてのバス路線や離島航路の維持・確保等を図った。
・身近に緑があふれ、自然の大切さを実感できるまちをつくる
  ○自然と都市の調和を目指し、本市独自の「環境まちづくり推進マニュアル」を策定し、公共工事における環境配慮を推進するため、担当技師自らが環境配慮項目の検討を行い、実施状況を点検した。
(2)「お年寄りや障害者にやさしい日本一のまちづくり」
 ・暮らしを支え合う環境をつくる
○地域の住民自治組織、NPO等の多様な市民が主体となり、行政と役割を分担しながら、協働による地域のまちづくりを推進できるよう、本市独自の基本構想・基本計画を策定するとともに、堀江地区で「まちづくり協議会」を設立し、平成19年度には、雄郡、余土、桑原、中島の4地区で協議会設立準備会を立ち上げた。
(3)「のびのび教育日本一のまちづくり」
 ・学校・家庭・地域が一体となって子どもたちの健全育成に取り組む
  ○本市独自のいじめ対策として、いのちを守る相談活動、松山市内小中学生による『いじめをなくそう』ミーティング、いじめ問題対策・サポート事業、命を守り育てる集いのいじめ総合対策4事業を行い、子どもが安心して学校生活を送れるよう支援した。
  ○小中連携による「国際・職業」教育特区の認定を受け、国際理解教育の充実や職業観・勤労観の育成を図った。
(4)「物語のある観光日本一のまちづくり」
 ・「『坂の上の雲』を軸とした21世紀のまちづくり」を推進する
  ○「坂の上の雲フィールドミュージアム構想」に基づき、市内全域を物語のある回遊性の高い本市独自のまちづくりを目指し、まちづくり交付金を活用し、市民参加を誘発するための拠点整備として、「坂の上の雲ミュージアム」の建設やロープウェイ駅舎の改装、ロープウェイ街のファサード整備、道後温泉本館東側広場の整備に取り組むとともに、地域資源の発掘、再評価や人材育成などソフト面での初期支援に取り組んだ。
 ・広域的な観光圏づくりや集客・交流施設の整備に取り組む
○地方公共団体が公道上に設置するものとしては全国初となる、まちかど案内情報発信の端末「タウンボード」を市内中心部13カ所に整備し、行政情報や民間情報を効率的かつ積極的な情報配信に努めた。
○「俳句甲子園」ほか「ことば」という無形のものを多様に展開した本市ならではのイベントを繰り広げる中で「ことばの息づくまち松山」を内外に発信した。「俳句甲子園」は、平成17年度から文部科学省の「学びんピック」に認定されるなど、高く評価されている。
(5)「元気、活力日本一のまちづくり」
 ・新しい事業や産業が創造される環境をつくる
  ○本市の地域特性から考察を行い、IT通信関連分野を中心に取り組むこととし、本市独自の産業振興ビジョンとして「e−まちづくり戦略」を策定し、高速大容量の情報通信基盤(3,000km超の光ファイバ網)を整備し、その有効活用を図るとともに、四国初指定の「ITビジネスモデル地区」や「e−まちづくり戦略NEXT」に基づき、IT企業のビジネス創出に繋がる環境整備を実施した。この環境を活かし、e−ビジネスモデル創出支援事業を始め、様々な支援事業を進めるとともに、ITを活用したスウェーデン式システムの調査研究やロボットスーツHALの遠隔リハビリテーション実証実験に挑戦するなど、次世代を見据えた新たな産業創出に取り組んでいる。
(6)「安全、安心日本一のまちづくり」
 ・節水型都市づくりを推進し、安定的な水資源を確保する
  ○市民・事業者の協力により節水を推進した結果、市民1人1日当たりの上水道給水量は、平成13年度の317・から、平成18年度には、中核市で最も少ない301・に減少した。
 ・総合的な防災対策を確立する
  ○本市独自の全国初の試みとして、郵政や大学生、事業所等の機能別消防団員の採用に努め、情報提供や避難所運営、消火活動の支援など、地域防災の強化を図った。
  ○平成18年の法令改正による高度救助隊配備の必要性から、四国初、また中核市で最も早く高度救助隊(スーパーレスキュー隊)を発足させた。
11日は、開明学校で学芸員が先生となり明治の模擬授業の体験や宇和民具館、高野長英の隠家跡や県歴史文化博物館を視察し岐路に就いた。充実した内容の濃い意義ある研修会であった。
14日は、午前中に中山恭子参議院議員と特定失踪者家族との懇談会に同席し、拉致問題について現時の状況やご家族の皆さんの思いを改めて中山恭子氏に伝えた。内容は表に出すとはばかられることもあるので、ここでは省かせていただくことにするが、北朝鮮という独裁国家を相手にする交渉の難しさを痛感する。午後は恒例の救う会愛媛の拉致啓発活動に参加した。
15日は、地元三津浜公民館の文化祭に参加し、夜には坂本龍馬をこよなく愛する愛媛龍馬の会の総会に出席した。来年のNHK大河ドラマは、福山雅治主演で「龍馬伝」、11月29日からは、松山の3人の若者が主人公のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」が放送開始となった。また、ウェルかめも放送中であり愛媛、高知、徳島と四国をPRする絶好の機会である。おもてなしの心で観光客に接し、是非多くの方々に四国に来ていただきたい。
17日には、今年最初の松山卓球協会の忘年会があった。もう忘年会である。1年の経つのが誠に早い。
18日は、第3回の保護司研修会でケーススタディーの勉強をした。現在受け持っている事例と似ている部分もあり保護司活動に参考になる。
19日は、松温会の11月例会に出席した。ボジョレヌーボが解禁されたばかりであり、抽選でワインを1本いただいた。今年は100年に1度ともいわれるぐらい出来がいいらしい。私には、良し悪しは分からないのだが。
21日は、第8回県政勉強会に出席した。県の財政課長から平成20年度国の1次補正予算及び2次補正予算の総額6兆4,961億円、平成21年度国の1次補正予算14兆6,987億円(過去最大)までのそれぞれに対する県の補正予算についての説明があった。この間の平成21年度9月補正予算までで本県では総額711億円(内国費556億円)が計上された。しかし、民主党政権になり平成21年度国の1次補正予算の見直しが行われ2兆9,259億円が閣議決定により執行停止となり、県や市町等の補正予算にも影響を及ぼすことが必至となった。来年度予算については、事業仕分けによる廃止や見直しによりどのような影響が出るか今のところ分からないが、次の世代に借金を回すことのないようばらまきの政策だけはやめていただき、健全な国家、地方財政になるようきちっとした方針を出してもらいたい。
22日は、地元三津浜地区自主防災訓練が行われ参加した。救急隊員による救命救急の講習や消防団による放水訓練、地域住民による消火訓練も行われた。私も水の消火器を使い訓練に参加した。「災害は忘れた頃にやってくる」の格言どおり、いつ発生するか分からない。日頃のこうした訓練と住民の協力が防災や減災に大いに役立つと確信している。
23日は、三津の古い町並みとグルメ散策のイベントにボランティアとして参加協力し午後は、小説家の遠藤周作氏夫人の順子氏の講演を聞いた後、扶桑社版の歴史等の教科書を採択した今治市教育委員会・上島町教育委員会をいかに応援し反対派に屈しないようにするかを話し合った。
24日は、26日の臨時議会の職員給与等の一部改正案との議案説明があった。
25日は、ライオンズクラブ例会、夜は、第19回三津浜まちづくり協議会準備会に出席し規則案について進捗状況を聞いた。
26日は、臨時議会が開催された。詳細は議会報告のページで詳しく述べているのでここでは省略する。午後には12月3日から開会する12月議会の補正予算案等の各会派への議案説明が理財部より行われた。詳細は12月議会報告で述べる。
27日は、閉会中の審査のための都市企業委員会が開催された。詳細は都市企業委員会報告で述べているので省略する。
28日は、埼玉より事務長が帰松し若江進を育てる会の懇親会を持った。来年4月は、いよいよ松山市議会議員選挙である。2回目の選挙は、厳しいと言われており苦戦は、覚悟しているが何としても勝たなければならない。
29日は、育てる会会長、副会長等幹部に事務長ともども挨拶をしお願いして回った。

 
中核市市長会会長細江茂光岐阜市長   開催市市長中村時広松山市長   元内閣官房副長官石原信夫氏の基調講演
▲中核市市長会会長細江茂光岐阜市長   ▲開催市市長中村時広松山市長
  ▲元内閣官房副長官石原信夫氏の基調講演
子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特 第4分科会のパネリスト 愛媛平成市議の会、西予市の三好市長講演
▲子規記念博物館名誉館長天野祐吉氏の特別講演
▲第4分科会のパネリスト ▲愛媛平成市議の会、西予市の三好市長講演
オンリーワンのまちづくり事例発表 国土交通省 観光庁総務課長 加藤隆司氏 開明学校の明治の授業体験
▲オンリーワンのまちづくり事例発表
▲国土交通省 観光庁総務課長 加藤隆司氏 ▲開明学校の明治の授業体験
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活動報告/平成21年10月

2日に保護司の研修会が行われケーススタディーで二つの事例研究を行う。再犯防止には、定職に就くことが最も有効であるとのこと、ただこれが1番難しいことでもある。
私もこのことを念頭に保護司の仕事をしていきたい。
3日は、地元の小富士保育園の運動会に出席し、挨拶をさせていただき、パン食い競争にも飛び入り出場した。大人から見れば小さなグランドも幼児にとればものすごく大きく感じることだろう。将来、大人になった時に保育園を見て小さい時とのギャップにビックリすることだろう。
夜は、夏に行われた松山港まつり三津浜花火大会の打ち上げを行う。今年は、雨天で順延となり2回準備をした都合で予算的に厳しく慰労会も三津浜厚生センターの会議室で行った。
4日は、愛媛縣護國神社での愛媛県隊友会慰霊祭に出席し戦没者や殉職自衛官の慰霊を行った。
6日は、本会議の最終日のため、三津秋祭り秋季大祭祭典を欠席した。詳しくは議会報告で述べる。
地方祭ということを勘案して議会開会の日程を配慮すべきと思う。夜は、三津厳島神社で子ども神輿の宮出し、子ども虎舞奉納を観た後、夜中にいよいよ虎舞奉納、宮出し(はち合わせ)を観て午前4頃帰宅した。
7日の午後4時過ぎに町内巡町で三津北神輿が柳町に到着。神事の後、町内のみ神輿を担ぐ。
9日は、愛媛縣護國神社秋季慰霊大祭の公式参拝をした。
10日は、9時30分に松山空港を出発し、13時から名古屋市にあるJICA中部国際センターでの開発教育全国集会愛知大会に出席した。その夜は、協力隊モルディブ時代の同期隊員と約10年ぶりに会い会食した。1人は、わざわざ新幹線で静岡から来てくれた。ありがたいことである。
11日は、7時55分発の飛行機で松山にとんぼ返りし、三津浜市民体育祭に参加。ゴールハイや町別年齢別リレーにアンカーで出場した。午前中の予選を突破し、午後の決勝にも出場した。ゴールハイは、優勝したが町別年齢別リレーは2位であった。昨年は優勝したので残念である。他の町内もアンカーが2人同級生であった。夕方からは、公民館主催の打ち上げがあり、夜には21時50分発の関西汽船で日本会議松山支部のメンバー10人で小倉へ向かった。
12日早朝小倉港に到着。徒歩にて小倉駅に行き、新幹線こだまにて博多駅へ。そこから地下鉄で福岡空港向かった。福岡から対馬は、飛行機で約30分であった。体育の日ということでこの日は、観光地や史跡を巡った。韓国展望所からは、航空自衛隊基地が目の前に見えそこから約49.5Km先には韓国釜山が臨める。残念ながらこの日は天候の関係ではっきり確認できなかったのが残念であった。それにしても非常に近い距離にある。潮流の関係で韓国のゴミが流れ着くのもうなづける。夜は、対馬在住のメンバーと会食し様々な意見交換を行った。以前は韓国人のマナーの悪さがひどかったが、現在は改善されてきていることやウォン安で韓国人観光客が減少しているとのことであった。しかし、韓国からの観光客で対馬にお金が落ちているのも事実である。また、日本会議長崎県本部対馬支部を結成したいとのこと、頑張ってもらいたい。
13日は、陸上自衛隊対馬警備隊と海上自衛隊対馬防備隊をそれぞれ視察し隊長からレクチャーを受ける。全国の自衛隊の人員からすると対馬には比率として多くの人員を割いているとのこと、また、住民が様々な情報を提供してくれているので防人の島と言われるとおり島全体、住民全体で守っているとの印象を受けた。海上自衛隊対馬防備隊では特に隣接地に韓国系宿泊施設(対馬リゾート)があり監視等を十分にする必要性を感じた。しかし、対馬リゾートの責任者は、友好的で敷地内を見学させてくれた。また天皇皇后両陛下が行幸された碑が敷地内にあるが、これは、旧真珠加工会社が私的に建てたものであったが、きれいに管理されていた。マスコミに載り注目が集まったためと思われる。午後は、対馬市役所で副市長と担当者から防人新法について説明を受けた。産経新聞の特集で対馬が危ないと特集記事が掲載されたが、韓国資本の土地購入や観光客の増大で危ないというよりも、経済的な疲弊により過疎化と高齢化か進み人口が大幅に減り、島の沿岸部を監視する機能が低下していることが一番の問題であるということであった。そういう意味では、確かに対馬や国境が危機に直面しているといえる。午後の便で福岡、松山と乗継ぎ夜7時過ぎに自宅に戻る。
16日は平成20年度決算都市企業分科会がおこなわれ、27日には決算特別委員会が開催された。詳しくは、議会報告で述べる。
夜は、県倫理法人会青年委員会中予地区主催の日本食研の大沢社長の講演会に出席した。物事を行う上で、「こと」をキーワードとして最も大切にしているとのことであった。どういう「こと」のために商品を作っているのかが大切である。政治にも言えると思う。この条例や予算を決めればどういう「こと」になるのかをよくよく考えて実行しなければならない。
18日の愛南町の紫電改引き揚げ30周年記念行事「あいなんからの祈り」参加のため、朝6時30分に隊友会城西支部のメンバー9人で出発。紫電改記念館を初めて見学し、日本で唯一の紫電改に感激した。その外にも、松山市で結成された343部隊「剣部隊」のことなどに関する展示等がなされていた。この日も夜7時過ぎに戻ってきた。
10日からこの日まで日程的には、非常に忙しかった。
20日から22日までは、都市企業委員会で旭川市と小樽市を訪問した。詳しくは、都市企業委員会視察で述べる。
23日は、政策提言事業に伴う講演会に出席し
24日は、日本の歴史に学ぶ会愛媛の研修会
25日は青年海外協力隊ボランティア体験談&説明会に出席
26日は昨年に続いて三津地区健康ウォーク
30日は平成22年度予算編成に対する自民党松山支部連合会要望を市長に提出し、併せて新年度予算への反映を強く要望した。
31日は、午前中に城山公園(堀之内)でのウォークラリーに平成船手組のメンバーととも出店協力し、イベントを盛り上げた。また、午後からは市議会観光振興議員連盟のおもてなし事業で道後放生園前にて観光客に観光パンフレットやポンジュースの配布等を行い観光PRを行った。

 
韓国系施設(対馬リゾート)内にあ   対馬に流れ着いた韓国からのゴミ   対馬藩の船着場 お船江
▲韓国系施設(対馬リゾート)内にある天皇・皇后両陛下行幸啓記念の碑
  ▲対馬に流れ着いた韓国からのゴミ
  ▲対馬藩の船着場 お船江
対馬藩主 菩提寺万松院 海上自衛隊対馬防備隊本部周辺施設図 旧海軍が開削した瀬戸に架かる万巻橋上で
▲対馬藩主 菩提寺万松院
▲海上自衛隊対馬防備隊本部周辺施設図 ▲旧海軍が開削した瀬戸に架かる万巻橋上で
内外ニュース会長 清宮 龍氏 日本海海戦記念碑 愛南町の紫電改の勇姿
▲航空自衛隊海栗島基地
▲日本海海戦記念碑 ▲和多都美神社
隊友会城西支部の方々 和多都美神社 和多都美神社の鳥居
▲和多都美神社の鳥居
▲万関橋全景 ▲愛南町の紫電改の勇姿
万関橋全景 執行部 市長への予算要望 内外ニュース会長 清宮 龍氏
▲隊友会城西支部の方々
▲執行部 市長への予算要望 ▲松山市議会観光振興議員連盟
内外ニュース会長 清宮 龍氏    
▲お城下ウォーク出店「平成船手組」
   
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活動報告/平成21年9月

9月4日に9月議会の補正予算等の議案説明があった。内容は、8月31日に行われた9月議会折衝と同じであった。
5日と19日は、三津浜グルメシティー「食べにこん会」が開催された。6月から開催されてきたグルメシティーも9月で一応終了した。マスコミにも取り上げられ、初回から徐々に来客も増加し大いに三津浜のPRにつながったと思う。来年も開催するかどうかはまだ未定である。
5日は、海上自衛隊の訓練支援艦「てんりゅう」が松山外港に着岸し、来航記念式典に自衛隊OBからお誘いを受け出席した。「てんりゅう」に乗艦し士官室や操舵室、各設備等の視察と説明を受けた。
7日は、21世紀研究会の勉強会で愛媛ジャーナル編集長の加藤氏の選挙総括と各選挙区の自民党県議会議員の選挙総括と選挙戦の感想等を聞いた。自民党に対する逆風の大きさを強く感じつつも3勝1敗の結果に安堵したが、今後の再生の難しさを感じた。
11日は、9月議会が開会した。夜、母が下血と血を吐いて松山市民病院で治療中との連絡があり大急ぎで病院に向かった。出血は、止まっていたが大きな胃潰瘍が原因とのことでひと安心した。
13日は、松山市とその周辺市町の地域マッチのため、観客動員も必要なことから愛媛FCと徳島ヴォルティス戦の観戦のためバスで砥部の運動公園に行き、友人たちと合流し大いに盛り上がった。松山市も愛媛FCに出資しているが、今議会では、愛媛マンダリンパイレーツにも出資するための補正予算案が組まれている。
14日には、松山市出身の3名の青年海外協力隊員の市長表敬に同行、16日は、愛媛県出身の4名の青年海外協力隊員と1名のシニアボランティアの県庁表敬に同行した。また、午後には、日本会議愛媛県本部松山城北支部の役員会に出席し、陸軍丸山墓地の慰霊祭のことや前空幕長の田母神氏の講演会開催について打ち合わせを行い、夜には松山市・上浮穴選挙区選出の自民党県議会議員と市議会議員との懇親会及び出発隊員の壮行会に出席し2年間の協力隊活動の無事を祈り激励した。
17日は、旧中島町出身者有志による中島郷土会に参加し、また19日は、旧中島町粟井敬老会に出席した。どちらも懐かしい人たちばかりである。特に敬老会の会場は、母校の城山小学校の講堂を改装した老人センターで行っており、ここで入学式や卒業式、合唱の練習をしたことをつい昨日のことのように思い起こした。小学校のグランドももっと大きかったように思ったが、小さい時の自分の感覚でそうであったんだろうが、非常に狭く小さかった。しかし、故郷は懐かしく、同級生の親御さんや顔見知りの方々にお会いしお話をすると本当にホッとし、安らぎを覚える。
21日は、夕方まで母校三津浜中学校の体育大会に出席したが、いろいろ面食らうことが多かった。体育大会の準備運動では我々が習ったラジオ体操は行われず、単なる屈伸運動が行われただけで、時代とともに様変わりして何か寂しい思いにもなった。また、国旗掲揚では、君が代の伴奏を流すだけで、斉唱もなかった。せっかく曲を流すのであれ †ば斉唱すればいいのにと感じた。
夕方には釣島へ渡り市政報告を行った。釣島住民の希望である周回道路の整備や地上デジタル放送開始に伴うアンテナ等の整備に関し率直な意見交換をさせてもらった。今後の政治活動に非常に有意義であった。今後もこういった地道な活動を様々な地域で行わなければと思う。
23日は、陸軍丸山墓地の慰霊塔慰霊祭に出席し戦没者の慰霊を行い、その後夕方まで松山市総合コミュニティセンター体育館で愛媛県卓球選手権大会の試合進行の手伝いをし、夜は、愛媛県隊友会松山城西支部有志と日本会議愛媛県本部松山城北支部有志との合同懇親会に出席し安全保障や、防衛問題等の意見交換を行った。
24日は、松温会(温山会松山支部)例会、25日は、愛媛県青年海外協力隊を育てる会総会慰労会にそれぞれ出席し旧交を温めた。
27日は、三好歌謡教室発表会に出場し1曲歌わせてもらった。前日の26日にリハーサルも行い準備万端であった。もともと親交のある主催者の三好 章先生との約束で1度出場をとの事であったので約束を果たせてよかった。おまけに来賓として舞台挨拶までさせていただいた。本当にありがたいことである。
28日は、遅くらばせながらの松山市議会正副議長の就任祝賀会が、自民党、公明党、民社クラブ合同で行われた。衆議院議員選挙があったこともあり、就任してから3か月が経過しての開催であった。
30日は昼間、内外ニュース9月懇談会にo席し、内外ニュース会長 清宮 龍氏の講演を拝聴した。演題は「政治は戦後最低−再建の方途を探る」であった。氏が取材等行った様々な総理大臣や閣僚、議員等の人物像から過去の宰相との比較など非常に興味深かった。
夜は、愛媛異業種交流会の拉致問題に関する勉強会に参加した。この問題もなかなか進展していないのが現状であるが決して風化させることなく粘り強く働き掛けていくしかない。

 
訓練支援艦「てんりゅう」艦橋の操舵室   76mm速射砲   76mm速射砲・艦橋・レーダー
▲訓練支援艦「てんりゅう」艦橋の操舵室   ▲76mm速射砲
  ▲76mm速射砲・艦橋・レーダー
高速標的機「ファイアビー・チャッカーとチャッカー」 青年海外協力隊平成21年度2次隊愛媛県知事表敬 青年海外協力隊平成21年度2次隊松山市長表敬
▲平成21年度3次隊青年海外協力隊市長表敬
▲青年海外協力隊平成21年度2次隊愛媛県知事表敬 ▲青年海外協力隊平成21年度2次隊松山市長表敬
内外ニュース会長 清宮 龍氏    
▲内外ニュース会長 清宮 龍氏
   
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活動報告/平成21年9月23日「丸山墓地慰霊塔慰霊祭」

9月23日(水・秋分の日)に松山市北斎院町の丸山墓地において郷友会主催による毎年恒例の戦没者慰霊塔慰霊祭が盛大に開催された。例年の通り前日の22日には、郷友会、愛媛県隊友会城西支部により慰霊祭周辺の清掃が行われた。特に今年は7月に発足した日本会議愛媛県本部松山城北支部のメンバーも参加し慰霊碑周辺のみならず個人のお墓等も掃き清められた。
当日の慰霊祭では、清掃活動に参加した3団体の外に自衛隊関係者、地元地区関係者も含め約30名が参列し厳粛な中、戦没者の方々に感謝の言葉が述べられ、お焼香が執り行われた後、詩吟が吟じられた。戦後64年が経過したが、国のため、家族のために尊い命を捧げられた戦没者の方々のことを決して風化させることがないよう今後も慰霊に努め後世まで語り継がねばならない。
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活動報告/平成21年8月

8月30日の衆議院議員選挙は、前評判通り民主党の圧勝となった。ただ、愛媛県は、全国の状況と比べると自民党がよく頑張ったという印象であった。小選挙区の4議席のうち選挙前の予想は、非常に厳しいものであったが、結果は、3勝1敗とぎりぎり踏みとどまったと言える。しかしながら全国的には、大きく議席を減らし、政権の座から落ち野党となることが決定した。これから、いばらの道が待っているが、何とか再生してほしいと思う。それには、とにもかくにも9月28日の総裁選による新総裁の人選が大きく影響してくることだろう。
今後の日本の舵取りは、民主党に託されたわけだが、民主党のマニフェストは選挙戦中もそれ以前もずっといわれている通り予算確保の目途のないものばかりである。今後、国民が期待したマニフェスト通りのことが実行されなければ民主党は、当然として政治そのものが、国民から見放されることになるだろう。我々も目を凝らして彼らが行う政策を見なければならない。
8月は、私も党執行部のメンバーとして、塩崎恭久氏を応援し、私にとっても今までやったことのないような活動もし、少しは役にたったかなあと思っている。この暑い夏の選挙は心身ともに本当の消耗戦であった。こんな選挙は今後もうないかもしれない。非常に貴重な経験であった。
さて、8月の主な活動は、1日に、5回目のみつはまグルメシティー「食べにこん会」の運営に参加した。6月当初に比べ認知されつつあり、三津浜地区の住民のみならず他の地区から来られる人もおり、企画としては非常に面白い。
またこの日は、愛媛県隊友会城西支部総会も開催され城西地区に在住の自衛隊OBや現役自衛官と意見交換を行った。国にとって重要課題である国防・安全保障がないがしろにされることがないよう次の総選挙等についても討論した。様々なマニフェストがあるがやはり自衛官にとってはこの問題が何よりも大きいと思う。
3日は市役所において第22回愛媛県市議会議員研修会が開催され、県下から約260人の市議会議員が出席した。演題は「住民とともに歩む議会改革の意義」〜地方分権下改革の動向を踏まえつつ〜とまさにこの衆議院議員選挙のマニュフェストに通じる内容であった。山梨学院大学の江藤俊昭教授の話は、非常に興味深かった。現在全国知事会や首長連合等が国に対して様々な取り組みを要求しているように各自治体においても議会が行政のチェック機能を強化し首長や理事者ともっと競い合う「機関競争主義」を作用させ、首長と議会という「二元代表制」を実現することが本来の議会の姿であると述べた。確かに現在の地方自治は、理事者サイドが政策を提案し実行し議会はチェックのみというような状況だが、議会はもっとまちづくりに対し提案していくべきとの意見を述べた。全く、そのとおりだと思う。これが議会としての理想の姿だろうが、何十年にもわたる慣習がそう簡単に変わるとは思えないが、我々のような何のしがらみもない新人議員が改革、変革をしていかねばと強く思った。
研修会終了後には、愛媛県市議会観光振興議員連盟総会が開催され平成21年度予算、事業計画等が承認された。県内11市の観光につながる産業等の紹介地図の作成や議連広報誌「おもてなし」の発刊やイベント情報の共有を行い観光振興と観光客の誘客を進めるための活動を実施することが決定した。これからの観光は、松山市単独ではなく、広域で行わなければ観光客の増加は望めないと思う。11月29日のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」を起爆剤に更なる観光客誘致のための施策を松山市にも求めていきたい。
8日は、恒例の松山港まつり三津浜花火大会の準備に汗を流し、夜には松山西高等学校・西中等教育学校としての初めての同窓会に出席した。1期生は昨年よりも若干少なめであったが、それでも期別では最も多く出席した。本当に心強い。
9日は、いよいよ三津浜花火大会と意気込んでいたが、昨夜からの大雨で早々と中止が決定し1日中花火大会会場でその対応に追われた。本当に残念であった。23日にもう一度仕切り直しである。
12日は、昨年同様、松山市観光振興議員連盟として議員仲間や議会事務局職員と合同で野球拳おどりに参加して松山まつりの盛況に協力した。それにしても、夜とはいえ本当に暑くて汗だくであった。
13日は、愛媛縣護國神社で戦没者慰霊碑周辺の清掃活動を行い15日に愛媛県戦没者追悼式に出席その後、愛媛縣護國神社での終戦記念日祭に出席した。先の大戦での多くの方々の犠牲のうえに、今の平和と繁栄があることを肝に銘じ、戦没者の方々の御霊に哀悼の意を表した。
16日は、松山卓球協会常任理事として松山卓球選手権の試合進行につとめ1日中、市総合コミュニティーセンター体育館で過ごした。
18日は、いよいよ衆議院議員選挙の告示となり選挙戦に突入した。29日の選挙戦最終日まで2回の事務所当番の外、ほぼ毎日事務所をのぞき、事務作業や街頭演説にも協力した。圧巻は、候補者たっての希望で27日の夜中3時に三津浜の旧朝市で荷揚げをしている漁業従事者に直接お願いに回ったことである。午前2時半に起き候補者を連れまわしたが非常に有意義な選挙運動であったろうと思う。
このことを聞きつけた週刊AERAの記者から取材を申し込まれた。投票日翌日の31日発売予定である。
どんな内容か楽しみである。選挙期間は、選挙応援と平行して地元三津浜支所の建替えに関するし担当部局の説明会や様々な団体の会合に出席し見聞を広めた。
22日、23日は、順延となった三津浜花火大会にボランティアとして参加した。23日花火開始前に雨となったが、ちょうど花火打ち上げ時には止み、適当な風もあり絶好な天候となった。花火の内容も昨年に比べよかった。ただ1点大きな問題は、ゴミ問題である。ゴミ箱を設置しているにも関わらず、放置し、分別もしないこのモラル、道徳心の低さにあきれ返ってしまう。持ち帰れとまでは言わないが、せめて設置しているゴミ箱に分別して入れるくらいの意識が欲しい。非常に残念であった。花火大会のみならず大きなイベントの最大の問題である。
30日は、松山市総合コミュニティーセンター体育館の開票所の開票立会人として開票事務に立ち会った。午後8時に開票所に到着。一部の地域を除き8時で締め切られた投票箱が次々と到着。体育館前の道路の渋滞で当初予定より15分遅れの午後9時45分から開票が開始された。それにしても出口調査で開票が始まる前から当確を出し誤報したマスコミもあり出口調査の危うさを感じた。
 選挙管理員会の計器の故障で投票率や中間発表が大幅に遅れたことも問題であった。我々開票立会人が解放されたのは、午前1時30分を回っていた。長い1日であった。
8月最終日の31日は、9月議会の予算折衝が行われ、初めて出席した。議会前に行われる議会折衝は各会派ごとに行われ自民党は、執行部や議員会長等が出席、理事者側は市長、副市長はじめ理財部長、総務部長、総合政策部長外、財政課の職員が出席し、9月4日に全議員に行う提案説明を前に実施された。議会開会前は、必ず行われている恒例行事である。
とにもかくにも、冒頭述べたように民主党が政権の座に就くことが決定した。9月16日には、鳩山代表が総理となる。民主党のマニフェストがどのように実行されるのか注視したい。

 
保護司の皆さんと   社会を明るくする運動   松山市中央倫理法人会高木会長挨拶
▲保護司の皆さんと
  ▲社会を明るくする運動
  ▲松山市中央倫理法人会高木会長挨拶
松山市中央倫理法人会顧問中村市長挨拶    
▲松山市中央倫理法人会顧問中村市長挨拶
   
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活動報告/平成21年7月

  7月1日に、6月議会が閉会した。議会報告は、先月詳しく報告したのでここでは避ける。
さて、21日に衆議院が解散された。前代未聞の予告解散であり、自民党のドタバタ、混乱は眼を覆いたくなるものであった。解散の時期に関しては、以前にもっと早く行うべきと述べたが、この時期の解散総選挙は、自民党にとって最悪の時期であり、大逆風の中で多くの議席を失うことになるだろうと危惧をしている。
そうした中、25日に行われた自由民主党松山支部連合会定期大会において政務調査会長(政調会長)に選出された。松山支連の執行部の一翼を担うこととなったわけだが、8月30日投票の衆議院議員選挙のことを考えると大変な時期に引き受けることになったなあと思う。しかし、1年生議員として初の執行部入りであり、この1年間責務を全うし松山市発展のため力をつくしていきたいと思う。
その外、7月に行った活動について述べる。
まず4日には、4年ぶりとなる四国市役所職員卓球大会に出場した。練習もせず出場したため個人戦の結果は、惨憺たるものであったが団体は、出場10市中、昨年に引き続いて3位になった。いい汗をかかせてもらった。今後も日程が合えば出場しようと思う。
8日は、自衛隊国際貢献活動支援の総会に出席し善通寺や松山駐屯地の自衛隊幹部や自衛隊OBと意見交換した。国の命令により活動している自衛官には何の罪もないはずである。26年前に同じインド洋上の島国であるモルディブ共和国で青年海外協力隊として活動した経験を言えば、異国の地で働くことの難しさや苦労は、大変なものがある。現在も灼熱のインド洋で給油活動を行っている自衛官に敬意を表したいと思う。
9日は、母校の三津浜中学の町別懇談会に参加し松山保護司会の防犯予防活動部員としてDVDの上映を行った。夏休みを控え事故や事件、非行防止等について学校側から説明が行われた。個別の意見交換会では、各町内会ごとに現状報告を行い地域をあげて子どもたちを見守っていくことを確認した。
10日は、恒例の三津恵美須神社の夏祭りの神事に参列、この日は総代の方々も記憶にないほどの大雨で餅まきは手渡し、カラオケ大会は、審査なしとなった。残念であった。
11日には、数ヶ月ぶりに救う会愛媛が実施している拉致問題解決のため街頭署名活動に参加した。拉致問題も全く進展が見られず是非、衆議院議員選挙のマニュフェストにしてもらいたい。
12日の愛媛県隊友会定期大会でも、日本の国防、安全保障について善通寺や松山駐屯地の自衛隊幹部と意見交換をおこなった。
15日の21世紀研究会では、地上デジタル放送への切り替えについて、その現状と問題点について講演を聴き、松山市としてもできるだけ早い対応の必要性を痛感した。テレビを買い替えるだけではなくアンテナ等の別な工事にかかる経費をどうするのかなど難問を抱えている。切り替え時点で視聴できない世帯が出てきそうである。
17日は、地元三津厳島神社の十七夜祭の神事に出席し、合わせてカラオケ大会の審査員も務めた。
18日は、6月議会で補正予算が承認されたことから三津厚生センターの建て替えに関する地元説明会が行われた。三津の最重要課題であった三津浜支所の建て替えがいよいよ具体的に進展することとなった。本当に喜ばしことである。
24日は、日本会議愛媛県松山城北支部の設立総会が開催され顧問に就任した。日本の伝統と文化を守り健全な青少年を育成していきたい。
25日は、先に述べたように自由民主党松山支部連合会定期大会が開催された。8月30日に行われる総選挙のことが大きく取り上げられる大会となっり、必勝を誓いあった。
26日は、松山卓球協会常任理事として松山市長杯卓球大会の運営に協力した。開会式には中村時広市長も出席した。この時を利用して約1時間市長と意見交換をした。内容を詳しく報告をすることはできないが地方分権に関することなどを話し合った。
28日は、愛媛県青年海外協力隊を育てる会総会、20周年記念式典が盛大に開催された。20周年の節目にふさわしい素晴らしい会であった。今後も青年海外協力隊の支援を推進し、国際人、ボランティアの育成に協力していきたい。
31日は、久しぶりに中島に帰り旧知の方々といろいろ話をし非常に有意義であった。
その外、様々な行事等に出席したが、活動軌跡をご覧いただきたい。
いずれにせよ、様々な活動を通していろいろな意見や考え方を拝聴し、市政に反映したいと思う。

 
市長への要望書提出   日本会議全国縦断キャラバン隊 中・四国ブロック隊の市長表敬に同行   愛媛CATVでの協力隊時代のパネルの前で
▲市長への要望書提出
  ▲日本会議全国縦断キャラバン隊 中・四国ブロック隊の市長表敬に同行
  ▲愛媛CATVでの協力隊時代のパネルの前で
愛媛CATVでの協力隊パネル展    
▲愛媛CATVでの協力隊パネル展
   
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活動報告/平成21年6月

 6月1日〜3日の行政視察の内容は、委員会視察で詳しく述べたが、1日は、唯一の観光で空き時間に世界遺産の首里城に行ってきた。今回で3回目であるが、さらに新しい建物を復元するため工事をしていた。また、前回来た時にはなかったモノレールにも乗ってみた。空港から首里城駅までのルートで乗り心地もよく、見晴らしもすばらしく快適であった。
6日と20日は、三津浜商店街の一部を利用し、みつはまグルメシティ、シーフードバーべキュー「食べにこん会」を開催し、平成船手組のメンバーとして準備、運営、かたずけの手伝いをした。シーフードバーべキュー、ジャコ天、三津浜焼き(お好み焼き)や三津浜地区婦人部が作った松山鮨等を販売し、多くの人で大盛況であった。
尚、20日には、中村市長がこのイベントに立ち寄り、また三津浜商店街の道路整備を担当する市役所職員が視察がてら来場してくれた。その、熱心さに感動、感謝し、こういう地道な活動や思いが地元を活性化させ元気にすると期待している。
7日は、午前中に『日本を読む会』の勉強会で元靖國神社権宮司 花田忠正氏の講演「靖國神社に奉職して」を聞いた。平成13年8月13日の小泉総理(当時)の靖國参拝に至る経緯や麻生総理についての裏話等を聞き、午後は、教育シンポジウムでTV番組の料理の鉄人で解説や審査員を務めた服部幸應氏の講演「食育のすすめ」とシンポジウム「子どもたちに伝えよう、日本の道徳」を聞いた。服部幸應氏の外、有村治子参議院議員、教育評論家・日本教育再生機構副理事長 石井昌浩氏、松前町立岡田中学校教諭 大津寄章三氏の4名のシンポジウムは、非常に歯切れが良く分かりやすく、いかに家庭でのしつけや道徳教育が大切かをそれぞれの立場でさまざまな切り口で主張され非常に参考になった。なるほどと思うことが多々あり、松山市政にも生かしたいと強く思った。
8日の松山保護区分区長、犯罪予防活動部員合同会議に出席し今年の社会を明るくする運動の推進について説明を受けた。松山保護区第9分区(三津分区)の保護司をしている私は、保護観察の外、第9分区の犯罪予防活動部員として社会を明るくする運動を担当している。
12日の日本会議愛媛県本部総会後の記念講演では、拓殖大学教授で、竹島問題の専門家である下條正男先生から竹島を含む領土問題等に関し歴史的史実のもと詳しく説明を受けた。領土問題や拉致問題は、一足飛びには解決しないが決して忘れることなく粘り強く交渉し続けていなければ、置き去りにされてしまう恐れがあり、何としても解決しなければならない重要課題である。
14日は、愛媛県倫理法人会中予地区合同清掃で梅津寺海岸の早朝清掃の参加した。数日前に別の団体が清掃をしていたこともありゴミの量は少なかった。梅津寺は、すでに遊園地を解体撤去し、海水浴場も今年から中止ということで、非常に残念である。子どものころ遠足や海水浴によく来た思い出が頭をよぎる。
16日の愛媛県危機管理フォーラム2009では、色々な立場の方々の講演を聞き、危機管理の重要性と難しさを感じた。ちょうど22日の市議会本会議の一 ?般質問では、危機管理のことを質問することにしており非常にいい機会であった。
29日の拉致議員連盟総会後の講演では、テレビ等にもよく登場している恵谷 治氏から北朝鮮の拉致問題と核・ミサイル問題について詳しく話を聞くことができた。北朝鮮は、今後も核、ミサイルの開発を進め、拉致問題もなかなか進展しないが、金正日の健康状態や後継者問題等によっては、何らかの動きがあるかも知れない。
30日は、松山市中央倫理法人会特別ナイトセミナーで中村市長の講演を聞いた。水問題と「坂の上の雲」のまちづくりについて1時間熱っぽく語ったが、内容も含めすばらしい内容であった。中央倫理法人会の会員も大いに満足していた。
6月は、本当に各種団体の総会が例年多数あり、その全てに出席した。日本会議愛媛県本部総会、松山市観光振興議員連盟総会、森盛会総会、西部地域開発協議会総会、ふるさと三津浜を考える会総会、拉致議員連盟総会が開催された。またセミナーや研修会にも多数参加したが、今後も研鑚を積み一つでも松山市民のためになること市政に役立つことを提案したいと思う。
そのために今後もセミナー、研修、ボランティアと幅広く活動していくつもりである。

 
守礼の門   首里城内の王座   三津浜グルメシティ
▲守礼の門
  ▲首里城内の王座
  ▲三津浜グルメシティ
三津浜グルメシティ2 シンポジウムでの有村治子参議院議員・服部幸應氏 料理の鉄人でおなじみの服部幸應氏
▲三津浜グルメシティ2
▲シンポジウムでの有村治子参議院議員・服部幸應氏 ▲料理の鉄人でおなじみの服部幸應氏
県育てる会役員と出発隊員 平成21年度1次隊知事表敬 出発・帰国隊員市長表敬
▲県育てる会役員と出発隊員
▲平成21年度1次隊知事表敬 ▲出発・帰国隊員市長表敬
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若江 進便り/平成21年6月

 暑中お見舞い申し上げます。皆様のご支援ご声援に心より御礼申し上げます。本当にありがとうございます。
早いもので、自宅兼事務所の下記住所に移ってからちょうど2年が経過いたしました。また、初当選後3年2カ月が経過をし、いよいよ来年4月には最も厳しいといわれている2度目の選挙を迎えます。この間いつもお願いするばかりで、なかなかお会いできずご無沙汰をしております皆様方には、本当に申し訳なく思っております。今後もどうぞ、よろしくお願いいたします。
さて、7月1日に6月議会が終了いたしました。6月22日には、1年ぶりとなる5度目の一般質問を行いました。
三津浜のまちづくりについて・生活保護について・新教育基本法の周知・徹底について・危機管理についての4項目について質問いたしました。松山市議会の一般質問が、愛媛新聞の1面に取り上げられることはほとんど例がないそうですが、6月23日の1面に私が質問した生活保護についての答弁内容が掲載されました。また、三津浜のまちづくりについては、市長から丁寧な答弁をいただきました。そして、多くの方々から「すばらしかったね。これからも頑張って」と称賛や励ましのお言葉をいただきました。
今後も、市民の目線に立った質問を行い、期待に応えたいと思います。
心配された水不足は、6月末の雨で解消されひと安心ですが、これから暑い日が続きますので、ご自愛の上お元気でお過ごし下さい。

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活動報告/平成21年5月

 5月3日の憲法記念日に恒例の憲法講演会が県護国神社内のみゆき会館で開催された。講師は、日本で最も“竹島”に詳しい拓殖大学教授の下條正男先生であった。
昭和56年1月に政府が閣議了解した「北方領土の日」、平成17年3月に島根県議会が可決した「竹島の日」条例に関しその共通点と問題点、その歴史的背景、サンフランシスコ平和条約、ポツダム宣言とカイロ宣言及び前外務事務次官の谷内氏が発言したとされる北方領土の3・5島返還論と面積二等分論について詳しく述べられた。竹島は、現在韓国が実効支配し日本政府は、この間ずっと手をこまねいてきた。政府および外務省の対応が現在の状況を生みだしてしまったといえる。教科書問題、靖国問題、拉致問題、北方領土問題と日本は周辺諸国と多くの問題を抱えている。そのすべてが先の大戦での敗戦から始まっている。しかし戦後63年が過ぎ、もうそろそろ自国に対する自虐的な考えを方向転換するべき時期に来ていると思う。そうしなければ、日本は、近隣諸国の属国になり下がってしまう。
5日も恒例の第43回愛媛万葉祭が県護国神社で開催された。神事等に引き続き県立伊予高校の教員で作家としても活躍されている青山淳平氏が講演を行った。氏は、昭和18年6月に瀬戸内海の柱島の停泊地で謎の爆沈をした戦艦「陸奥」の引揚げに関する書籍「海市のかなた」を執筆し、講演内容もそのことに関することであった。この戦艦「陸奥」の引揚げも日本政府が行ったのではなく、関係者や民間企業の心ある人たちが実施したことを考えると現在中国や韓国から先の大戦に関係することを言われると口をつぐみ行動を制限してきた日本政府の弱腰は、本当に情けない限りである。一体いつまで中国や韓国に遠慮し、ロシアに配慮しなければいけないんだろう。この3カ国は、自国の利益のためにいつまで経とうが先の大戦のことは、決して忘れず言い続けるはずであるし、ロシアは、北方領土を返す気など毛頭なく、日本の譲歩を引き出すための最高の外交カードと位置づけていると思うのだが。穿った見方だろうか。
さて、10日の午前中は愛媛県卓球協会常任理事会がコミセン体育館会議室で行われ、午後はヤクルト対広島戦を坊ちゃんスタジアムで観戦し、夕方はルバング島から帰還した元少尉の小野田寛郎氏の講演会「生きる」を、みゆき会館で拝聴した。講演会に先立って日本会議愛媛県本部松山城北支部結成式が行われ、講演会では約250名が29年3カ月間に及ぶ、フィリピンのルバング島での戦争体験や厳しい生活体験、生きるための実体験を拝聴した。講演内容や87歳とは思えない姿勢の良さときびきびした態度に本当に感動した。
翌11日は、宿泊先のホテルに8時30分に小野田夫妻を迎えに行き、雄郡小学校へ向かった。9時30分から5・6年生に特別授業を行うためである。保護者も合わせ約200名が特別授業を受けた。ルバング等の実体験や小野田塾が行ってきたキャンプを通じ「人は一人では生きていけない」という内容で講演をされた。もっとも身近にいる親や兄弟、仲間を大切にし、自分がいやなことは他人にしない、周りの人と仲良くし協力し助け合って生きていくことが大切であると話された。今回の小野田さんの来松は、日本財団と小野田自然塾が企画し、現在の日本の状況を憂い、今の社会を造った大人たちに反省を促し、日本の将来のため子供たちに思いを伝えたいということから強い気持ちから始まった事業であり松山が全国に先駆け記念すべき第1回目であった。今後全国で約20回行われる予定である。87歳の高齢を迎えられて、なお国や子供たちの将来を思う気持ちに感動し、お元気で頑張っていただくことを切に願っている。
16日、17日は津和地島で愛媛県青年海外協力協会総会が開催された。県下からOB・OGと家族等を合わせ約30人が参加した。津和地島からの帰りは天候が大荒れで、チャーター船は、欠航したが高速船で何とか松山観光港に帰ってきた。天候が荒れると交通機関がマヒし孤立してしまう離島のことを考えると本当に生活の厳しさを感じる。
19日は、平成市議の会総会と研修会が行われ今回は我々松山市議が担当した会合であった。総会終了後本市開催のため他公務で出席がかなわなかった市長及び市議会議長の代理の副市長と副議長に来賓挨拶をお願いし研修会がスタートした。今回のテーマはエコに関してであった。特に太陽電池関連について日本政府の取組みや世界の状況そして松山市の取組みや公的補助等の状況について研修を行った後、各市がそれぞれの市の取組みや施策を発表した。まだまだ、国内においては普及が進んでいないが将来の地球や環境のことを考えるともっと太陽光を活用しなければと思う。
翌20日は、現地視察を行い北吉田町の「ビズポート」を訪問した。そして松山市で創業しその後東京に本社を移したが松山オフィスを開設したサイボウズと愛媛県と松山市が企業誘致した福利厚生業務の代行を行うベネフィットワンを視察した。両社とも優良企業であり今後もさらに雇用の拡大が期待されている。
24日は、まさき国際交流の会通常総会、懇親会に出席した。中国人による水餃子、青年海外協力隊OB・OGによるバングラデシュのカレーやエジプトのデザート(お菓子)を試食した。
26日は、恒例の愛媛県警察学校での献血ボランティア活動に参加した。今年4月に入学した新任の警察官の卵たちから貴重な血液を採取させてもらった。近年献血者が減少傾向にあり血液の不足が懸念されている。少しでもお役に立てればと思い年数回の献血活動に協力している。
30日は、母を連れ元関脇玉春日(楯山親方)の引退相撲(断髪式)に行ってきた。埼玉在住の叔父夫婦も一緒であった。夜はいとこも合流し夕食会となった。
翌31日は(社)青年海外協力協会総会に出席した。
その他にも様々な会合やセミナーに参加したが、主な行動は活動軌跡を参照していただきたい。

 
憲法記念日 下條正男氏講演   小野田寛郎先生と   色紙に揮毫する小野田先生
▲憲法記念日 下條正男氏講演会
  ▲小野田寛郎先生と
  ▲色紙に揮毫する小野田先生
雄郡小学校で小野田ご夫妻と 平成市議の会研修会 サイボウズ松山オフィス前
▲雄郡小学校で小野田ご夫妻と
▲平成市議の会研修会 ▲サイボウズ松山オフィス前
サイボウズ松山オフィス内 ベネフィット・ワンより松山城の眺望 ベネフィット・ワンのコールセンター
▲サイボウズ松山オフィス内
▲ベネフィット・ワンより松山城の眺望 ▲ベネフィット・ワンのコールセンター
2009年日本キルト大賞入選作「おいでんか松山」 感謝状を受けるキッチンウィンドの増田恵子先生  
▲2009年日本キルト大賞入選作「おいでんか松山」
▲感謝状を受けるキッチンウィンドの増田恵子先生  
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活動報告/平成21年4月

 4月3日に松山大学大学院・松山大学・松山短期大学、8日は三津浜小学校、9日は三津浜中学校の入学式に出席した。三津浜小学校は、入学生が何とか40人を超え2クラスとなったが、それでも我々年代の1学年約200人を超えていたころと比べると五分の一にまで激減し、三津浜中学校も約180人と半減している。
少子化もさることながら、この地域の高齢化と若年層の減少は、旧松山市の中でも非常に高く、憂慮する事態である。
5日には、県卓球協会の総会が、20日には松山卓球協会の総会がそれぞれ開催され、引き続き常任理事を引き受けた。また4日から始まった坊っちゃん劇場第4弾ミュージカル『鶴姫伝説』を鑑賞した。前回の『龍馬!』も非常に良かったが今回の『鶴姫伝説』も見ごたえがあった。地方で頑張っているこういった文化や芸能を大切に育て応援していかなくてはと思う。
さて、4月11日には恒例の伊予鉄高島屋前での北朝鮮による拉致問題を考える愛媛県民会議(救う会愛媛)の街頭署名活動に参加した。今回は、特に4月5日に北朝鮮が弾道ミサイルを発射したことに対する抗議集会として位置付け、下記の声明を政府に強く求めた。
1. 追加制裁実施の際、拉致問題での不誠実な対応が制裁発動の理由の一つであることを内外に明確にすること。
2. 国連安保理での論議においても拉致問題での不誠実な対応を糾弾する毅然たる外交を展開し、対北朝鮮に「『拉致問題を含む』国際社会の人道上の懸念」の文言が入るように尽力すること。
本当に北朝鮮という独裁国家は、一体どこへ行こうとしているのか理解に苦しむ。
12日には、四国・九州アイランドリーグ 愛媛マンダリンパイレーツホーム開幕戦が、18日には、マッチシティ&マッチタウン 愛媛FC戦がそれぞれ開催された。また、12日は、愛媛の卓球界に多大なご尽力をいただいた仙波光先生(元済美高校校長・理事長)のご遺徳を顕彰する第16回仙波光杯卓球大会が開催されたので愛媛県卓球協会常任理事として試合進行に協力した。この大会は、小学生から一般までの各階層のシングル戦のみの大会であるが、選手約1300名が参加するマンモス大会である。そのため、愛媛マンダリンパイレーツホーム開幕戦を観戦することはできなかったが、翌日の新聞でエラーがらみの失点で敗れたことを知った。選手は、一生懸命やっているんだろうが、ホームゲームは最も頑張らないといけないし、こんな試合をしていたらファンや市民が離れていくのではと危惧する。また、今年獲得した韓国選手の不祥事は、大変残念であり市民に衝撃を与えた。しかし球団や選手はよく頑張っていると思う。このことにめげることなく今後も頑張ってもらいたい、とりわけ三津浜中学の後輩である沖監督は、責任を取り数試合指揮を取ることができないが復帰後は是非頑張ってもらいたいし、選手には監督が帰ってくるまで是非一つでも多く勝ち星を重ねてもらいたい。応援している。
24日からは、上京し日本会議全国地方議員連盟の総会に初めて出席した。全国から120名を超える地方議員が参加し、熱のこもった会合となった。特に日本の教育問題や外交問題に関しては、ほとんどの議員が危惧を抱いている現状が良くわかった。
翌25日は、生憎大雨であったが、濡れねずみになりながら足がパンパンになるほど歩き、明治神宮と靖国神社に参拝した。初めての参拝であったが心が落ち着く場所であった。やはり私は、日本人だなあとつくづく思った。この国の伝統と文化、そして国民性を大切にし、将来を担う人材を育成する必要があると心から思う。
4月1日から始まった青年海外協力隊の春募集で26日に「体験談&説明会」があり参加した。約50名の参集者があった。昨年度は、応募者が大幅に減少したが、不況による就職難も影響していると思うが、今年は応募者が増えるのではと感じている。
さて、政界の方は、解散総選挙がいつになるか不透明であるが自民党松山支部連合会が支部政党車の運行を始め、私も1回3時間の割り当てで計4回乗車し地元三津、宮前を中心に街宣活動を行った。
また、今月もいろいろな方々の講演を聞いたりボランティア活動に参加したが、その中で、五日市 剛氏のツキを呼ぶ「魔法の言葉」の講演を聴き、それを実践してみようと思う。「ありがとう」、「感謝します」、「ツイている」の三つの言葉を常に使うことである。

 
靖国神社・遊就館のゼロ戦   靖国神社   明治神宮・結婚式
▲靖国神社・遊就館のゼロ戦
  ▲靖国神社
  ▲明治神宮・結婚式
明治神宮本殿 城東ライオンズクラブフリーマーケット  
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松山市議会議員 若江進(わかえすすむ)を育てる会事務所
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