| 3月1日に三津浜夢港計画実行委員会主催の三津浜焼き(お好み焼き)教室を開催した。この事業は、広島風とも関西風とも違う三津浜独自のお好み焼きで三津浜地域を活性化しようという目的で行われた。当日は、大人や子ども合わせて約30名が参加した。
講師の指導の下、初めてお好み焼きに挑戦する子供たちもおり、非常に和気アイアイとした楽しいイベントであった。こうした地道な活動が地域の活性化につながるものと確信している。
また、同日三津浜小学校では、グランドゴルフ大会が開催され地元の多くの住民が参加した。
午後からは、知人が主演する劇団イリュージョンのミュージカル公演に行った。主演の彼女は、歌も演技も非常にうまく感動した。
3日は、自民党宮前支部の役員・会員との懇親会で今後の選挙や政治状況について意見交換をした。
10日には、恒例の二之丸史跡庭園で開催された「つばき名花展」に行ってきた。私が勤務時代お世話になった伊予つばき協会の方々と久しぶりに懇談した。唯一つ残念だったのは、昨年は元気にご夫妻でいらっしゃった伊予つばき協会会長の久松定成先生がご逝去され一緒につばきを見ることができなかったことである。
13日は、坂の上の雲ミュージアム第3回企画展「秋山好古」内覧会に行ってきた。展示内容も充実していて非常に良かった。是非、多くの方々に見てもらいたい。
15日は、知人が団長をしている松山市民吹奏楽団の定期演奏会でクラシックからアニメまで本格的な演奏に感動した。
16日の北朝鮮による拉致問題を考える愛媛県民会議(救う会愛媛)の役員会では、常任幹事に選任された。今後もさらにこの問題に対して取り組んでいかなければと思う。
17日は、青年海外協力隊平成20年度4次隊4名の知事表敬に同行しその後松山市出身の出発隊員及び帰国隊員の松山市長表敬にも同行した。その夜は、恒例の壮行会で送り出した。今から出発する隊員たちは、不安より期待の方が多いようで、うらやましく感じた。
23日は、三津浜地区まちづくり協議会準備会で愛媛大学夏目教授のまちづくりに関する講演を聴いた。今までとは、違った内容、切り口で考えさせられた。ただこれが全ての街に当てはまるかどうかである。
26日から29日までの台湾視察では、26日に松山空港を10時55分に出発し11時45分に関西国際空港へ、12時55分に関西国際空港を出発し15時5分(日本時間16時5分)に台北国際空港へ降り立った。その後、桃園駅から日本の技術を導入した台湾新幹線で16時52分に出発し、目的地の嘉義に着いたのは17時56分であった。松山出発から丸1日たってやっとホテルに着いた。移動だけでも疲れるものである。
2日目の27日は、松山商業野球部を育て上げた近藤兵太郎氏ゆかりの国立嘉義大学(旧嘉義農林)を視察、この大学は、戦前の日本統治時代であった1931年の第17回甲子園野球大会で台湾代表として準優勝したことがある学校である。日本人と台湾人の混成チームであった。その後近藤兵太郎氏は、松山商業野球部の監督を務めている。松山にもゆかりのある人である。構内に大きな甲子園準優勝記念碑があった。体育学部の主任と野球部の監督に校内の案内と野球部の練習風景を見せてもらった。非常に親日的である。午後は、台湾で最も愛される日本人の八田與一氏が建設した烏山頭ダムを視察、このダムのお陰でこの地域は3毛作が可能となり農民は豊かになった。大正初期にこれだけの大工事を行った日本の技術と努力に敬意を表するばかりである。このような形で日本統治時代に多くの貢献をした人たちがいたからこそ台湾は親日的なんだろうと思う。
その後、嘉義空港から30分で馬公(膨湖島)に渡った。嘉義空港は、空軍の基地である。馬公では、この地で沈没した戦艦松島の慰霊塔にお参りし、その後台湾最古の寺院天后宮に参拝し、夕食は日本統治時代に電話交換手をしていた台湾人の方と懇談し当時のことを伺った。いまだに流暢な日本語を話していた。
3日目の28日は、午前に馬公(膨湖島)を出発し50分で台北国際空港に到着。すぐに明石元二郎台湾総督の墓地に拝礼した。氏は、総督時代に電力や銀行鉄道等さまざまな政策を計画し、逐一完成された。台湾の発展は、氏の力によるところが多きのである。
その後、遅い昼食を食べ、夜に備えた。18時30分からは、台湾独立建国連盟主席の黄昭堂先生、司馬遼太郎氏が街道をゆくを執筆する際に台湾滞在のおり帯同された台湾歌壇代表蔡焜燦先生、台北時報の呉阿明董事長と台湾と中国、そして日本との関係についてさまざまな観点から話をした。3人とも日本語は、ぺらぺらであった。彼らは決して中国人ではなく中華民国でもなく、台湾人であり、台湾国であることを強調してしていた。また、蔡焜燦先生からは、本格的な台湾風広東料理をご馳走になった。
今回の旅で感じたことは、同じ統治下にあった中国、台湾、韓国でどうしてこれほど日本に対する感情が違うのかという言である。やはり、そこには反日教育が大きく影響していると思う。中国や韓国は、日本にライバル意識をむきだしにし、ことさら国民をあおる傾向があるように感じる。
その他では、三津浜小・中学校・松山大学・大学院・短期大学の卒業式や顧問を務める三津浜少年サッカークラブの閉・開校式に出席した。別れがあれば出会いがあるはずである。色々な方々との出会いを大切にしたいと思う。 |